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2019年08月08日23:19

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『Trigger』 1

「被疑者は?」
「受付嬢です」
「掲示板の書き込みなんて当てになるものか」
「少なくとも同ケースで過去に三回は」
「分かってる。でもよく言うだろう『仏の顔も三度まで』」
「その言葉の使い方は適切ではありません」

 回転ドアを通り抜ける。受付のカウンターまで30歩といったところか。淡いブルーのベレー帽、同じく淡いブルーの制服、ぴっちりと身を包んでいる。すらりとしたシルエット。女性、推定年齢は二十代半ばから後半。歩を進める。対象と目が合う。
 瞳の色は蛍光グリーン。流行のライティングコンタクトを入れている。瞳孔の伸縮を観察させない為の備えか?疑いが3%増す。

(ゾルタスクゼイアンかもしれない)

 ギアを通じて、九子(きゅうこ)にメッセージを送る。返信。
(根拠は?)
(ボクの勘だ)
 androidにも勘というものがあるのだろうか?振り返って九子の目を覗き込んでやりたい。が、前を向いたまま、カウンターに進む。「例え半身が吹っ飛んでも、被疑者から目を離すな」、先輩からのアドバイスを思い出す。後に当の本人が半身を吹っ飛ばされてまで実証してみせた。
 戦いは始まっている。「観ること」それが識別官の戦い、被疑者の精神は人間か?ゾルタクスゼイアンか?眼を見開き、毛先が枝毛の本数まで観察する。正体を見極めるのが、ボクの仕事。そして、殺傷するのが、androidである九子の仕事。くたびれたスニーカーがカウンターの手前で揃う。眼鏡型識別デバイス、通称『gear』。レンズにデータが浮かぶ。被疑者との距離は1256.7mm。被疑者の体温は……人間の体温だ。少なくとも今は。

「そこのポスターのコンサートの席、まだ空きがあるかな?」
「確認致しますので、少々お待ちください」

 過剰に抑揚のある声色、受付嬢特有のしゃべり方だが、人間らしさを過剰に演出しているとも、取れる。ギアに55%の文字が浮かぶ、Z指数、ゾルタスクゼイアンである確率を示す数値。95を超えた時には、九子の銃が弾丸を放つ。ただし決定権は彼女にはない。「撃て」とボクがコマンドしなければ、九子は引き金を引けない。そうプログラムされている。

「お席は、お一人様で宜しかったでしょうか?」

 被疑者が訪ねる。一瞬、九子を見た。ギアのレンズ上に、被疑者の声色、表情、仕草のパターンを分析した数値が目まぐるしく浮かんでは消える。指数は75%。ギアが算出する上限値に達した。ここから先の数値は、識別官であるボクが算出しなければならない。人間としての観察眼で。
 第一印象で3%を加算する。78% 。九子を見て怯えた表情を浮かべていなかったか?識別官には戦闘用androidが付き添うのは周知の事実。もし仮に彼女がゾルタスクゼイアンだとしたら、九子を識別官付きのandroidだと疑い警戒しているのではないか?これを根拠に更に3%を加算すべきか?いや、まだだ。カマを掛けてみよう。

「席は二人分ね。でもなぁ、愛玩用androidにも一人分の席代が掛かるってのもなぁ、せめて割引とかあってもいいと思わない?」

 「android」という言葉に、キーをパンチする手の動きが一瞬鈍った。

(九子、コートの中に手を入れろ、銃を抜く初動を見せるんだ)

 九子がコマンドに従う。初歩的な手法だが、過去の実績は悪くない。被疑者は、耐えられるか?撃たれるかもしれないという恐怖に。

「お席ございました。後ろの方のお席になってしまいますが?」
「いいよ。それで」
「畏まりました。お二人様でお取りしました。ご利用ありがとうございました」

 耐えやがった?いや、人間だったのか?まぁ、どうでもいいことだ。ボクの仕事はここまで。被疑者の最終Z指数は81%。データを転送して、今日の仕事は終了だ。カウンターを離れて数歩、背後で男の声。

「おい、お前人間じゃないだろ?」

 振り返る。金髪革ジャンの男がカウンターに立っている。隣にはタイトミニの女、一目見て戦闘用androidと分かる。むき出しの武装、肩にHKY社のミニランチャー?。まるでバウンティーハンターの仮装だ。


(どうしますか?)
(このまま帰るわけにはいかなくなったな。様子見だ。しかしよりによってこんな奴が被疑者に接触するとは……)

「困ります。大きな声を出されては他のお客様にご迷惑になります」
「あー?俺はわざと大きな声を出してンの。聞いてくださーい。この女は人間じゃあありませーん」
 女が営業用の仮面を外して、男を睨んだ。
「止めてください。名誉棄損で訴えますよ」 
「おー、言うねぇ。いっぱしに人間気取りかい?ゾルタスクゼイアンにも人権があるっていうのか?」
「私は人間です」
「証拠してみせろ?」
「そんなこと……できません」
「じゃあ人間じゃないってことでいいな?」
「いいわけありません。これ以上騒がれるのでしたら警備の者を呼びますよ」
「いいねー、警備でもなんでも呼んでちょうだい。でもその前に、ちょっと手を出してくれるかな」
「え?」
「手袋を取ってカウンターの上に手を乗せるんだ」
「どうしてそんなことをしなければならないのですか?」
「今からお前の手を握る。俺の手の平にはセンサーがインプラントされている。嘘を吐いたら温度の変化や発汗で直ぐに分かる」
 男は無理やり女の腕を掴み、手袋をはぎ取り。
「じゃあ質問、お前は人間か?」

(そんな識別方法があるなんて初耳です)
(あるわけない。ボクがお前に銃を抜く仕草を見せろと命じたのと同じ、カマかけてるんだ)
(なるほど。でもあのハンターかなりぶっ飛んでますね。誤殺傷の可能性が高いと思いますが)
(それはないな。誤殺傷なんてしたら、androidは没収、罰金と懲役、二度とハンターには戻れない。ああやって派手に立ち回る奴ほど実は小心、当然奴のギアも75%の上限値を出してはいるだろうが、あんな奴に、残りの20%を算出する観察眼なんてあるわけない)
(ですよね)
(幕引きは、奴が引き下がるか、それとも被疑者が正体を現して暴走するか、のどちらかだ。多分ボクは前者だと思う)

 女は、まっすぐに男を見つめ言った。

「私は人間です」

 金髪の男、暫く手を握ったまま、女を睨んでいたが。
「くっ、センサーの調子が悪い。今日のところは見逃してやる」

(masterの予想通りになりましたね)
 九子、踵を返そうとしたが。
(master、どうしました?)
(戻るぞ)
(え?)
 いつの間にかギアが再稼働している。
 仕方なく九子は後について歩く、カウンターの前に来た。

「あ、先ほどの。どういたしました?」
 たった今の騒乱はどこ吹く風、落ち着き払った様子。

 識別官は言った。

「撃て」
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