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2015年10月25日18:48

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盛られた歴史

 ざっけない食堂。お盆にオカズを乗せていき、最後にご飯や汁物をオーダーし、精算をするsystem。
 はらぺこりんちゃんの僕は、お盆いっぱいに宝石のようなオカズ達をのっけて、鼻息荒めでオバちゃんに告げる「ご飯、大盛り」「はい、お汁は?」「豚汁、大」「はい、少々お待ち下さい」本当は”少々”も待ちたくないのだが、オバちゃんがああまで言うのだから、待とう。と、壁の張り紙に目がとまる――

”西郷隆盛始めました”

 え?

「オバちゃん?」

「はい?」

 「西郷隆盛って何?」「薩摩藩士だね。明治維新の立役者」「いや、そうじゃなくって、そこの張り紙に書いてある」「ああ、あれかい。ご飯の盛りつけだよ」「え?じゃあ大盛りとか、中盛とか、そういうやつってことですか?」「そうだね。どうするお兄さん。ご飯、西郷隆盛にしとく?」オバちゃんのセリフを反芻する――

「ご飯、西郷隆盛にしとく?」

 なんてシュールなセリフなんだ。
 僕は、はらぺっこりーのなので、俄然、超大盛りに違いなかろう西郷隆盛に挑戦することにした。

「じゃあ、西郷隆盛ください」

「はい」

 杓文字を握り直し、ご飯を盛っていくよどみない動き、工事現場の重機に似て目に頼もしい。見とれているうち、カウンターに出来上がりが乗せられた「はい。西郷隆盛お待ちどう様」
 見る。中茶碗に、普通よりやや多めといった風情でご飯が盛られている。

「こ、これが西郷隆盛?」

 オバちゃん悪びれるふうなく「そうだよ」「いや、あの、え?てっきり大盛りより凄いのが来るとばかり」「なんで?」「いや、イメージというか……」「お兄さん、それは偏見だよ。西郷さんが大きな体してるからって、決め付けは良くないわよね」
 僕は――何を怒られているのだろう?「でもオバちゃん、誰だってそう思うに違いないよだって、”ご飯、西郷隆盛”だよ」「だからそれが偏見だって言ってるわけ、それとも兄さん、差別主義者なのかい?」――なんでそんな話になる?
 「じゃあオバちゃん、聞くけど、なんで西郷隆盛がこんな”中盛よりやや多め”みたいな量なんだよ」「史実に則って、うちはやらしてもらってます」「……どういうことですか?」「西南戦争の時に、西郷さんが坂本龍馬に宛てて書いた手紙に、普段食べているご飯の量が書いてあったので」「いやちょっと待ってくれオバちゃん」
 僕はそんなに歴史に詳しいわけではない。しかし今のオバちゃんの発言に見られる歴然とした瑕疵は看過できない。

「西南戦争の時にはもう、坂本龍馬は寺田屋で暗殺されていたハズですよ」

 と、言いながらも、内心ちょっと不安になる。オバちゃん、僕の自信なさげを見透かしたのか「そんなことはない!」と言い切りやがった。そう強く言われると、こちらも弱い。しかし僕には二の矢がある。

「西南戦争の時、確か兵糧攻めにあっていて、食料が乏しかったと記憶していますが?」

 これに対するオバちゃんの返しは一語だった。曰く――「で?」
 僕はぐうの音も出ない。代わりにお腹がぐうと鳴る。窮地だ。しかしそこに援軍が現れる。

「突然会話に割り込んでスイマセン。私高知大学で日本史を研究している学生なんですけど、先ほどこちらの方が言われたとおり、西南戦争の時には既に、坂本龍馬は他界しています。ですからその手紙は偽物です」

 次の順番で並んでいた女性だ。眼鏡の似合う知的な女性。タイプだ。結婚してください。いや、結婚は後回しだ。今は目の前の敵――オバちゃんをやっつけるのが先決だ。
 オバちゃん、どうする?歴史的事実を突きつけられて、自説を曲げるのか?見やる。オバちゃん、憤然として女学生に向きなし――

「お姉ちゃん、”シオン賢者の議定書”って知ってるかい?」

「なにそれ?」
「なにそれ?」

 僕らはハモってしまった。ますます結婚して下さい。オバちゃん、言葉を継ぐ。

「竹内文書なら知ってるね?」

「ええ」

 ――僕は知らない。

「多くの学者が真偽不明としているけど、古文書、石碑、刀剣に刻まれた一連の神代文字、そこには事実とされている史実とは大きくかけ離れた別次元の歴史が記されている」

「知っています。偽史です」

 ――僕は知らない。

「は、偽史ね。言い切ったわね。お姉ちゃん、学校で何を習っているのか知らないけど。歴史っていうものは、言ってしまえばすべて”権力者達の記した歴史”なのよ。分かる?」

 眼鏡美女、一瞬怯む。怯んだ顔も素敵だ。しつこいけど結婚して下さい。っていうか、僕と一緒に歴史を作らないか?オバちゃん、宣う――

 「実際に過去に何が起こったか。それを知る手段、膨大な時間の流れに対して余りにも貧弱だ。何が本当で何が嘘かなんて、誰にも分からない。今、この国で起こっていることでさえ、リアルタイムに偽造され、文章に残されている。あなた達もそれを毎日見ているハズよ。違う?」

 眼鏡美女、窮しているようだ。反論できずに固まっている。今プロポーズすれば、何となく頷いてしまうかも。そんな僕の思惑を無視して、オバちゃん、”踏んづけてやりたいほど小憎らしいドヤ顔”で僕を睥睨し――

「お兄さん、何か言うことある?」

 と、言った。僕は大きくため息を吐いてこう言った。

「やっぱりご飯大盛りで」

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