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2015年10月25日16:47

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猫と絶望 13

 掴まれた襟、捻じり上げられ、薄手のジャンパー、ビニール、水色、ギギギと鳴る。片瀬、顔近づけ――「テメェ、マジ、ナメてんとコロすゾ」。僕は苦しい。つま先立ちにならざるをえない、ほど襟を掴まれている――片瀬、こいつは僕だけじゃなく、社会にとっても害悪な人物に違いない。少なくとも、昨日殺した”イビキ男”よりは確実に、だ。
 ポケットの中、ようやく探り当てた銃握、僕は力を込める。しかし――しかしこの男が――殺さねばならぬほど悪いやつだとは、到底思えない。息が苦しい。死んでしまうほどではないが、苦しい。何もかもが中途半端な状況――もうどうにでもなれ、だ。ポケットから手を出し――
 「止めてください」と、片桐の手首を掴んだ。「ああ?詫び入れんのか?」「……ええ、僕が間違ってましたスイマセン」襟首の負荷が減圧された。ストンと踵が地面に落ちる。
 「次、ナメた態度取ったら、ぶっ殺すからな」片桐、店内に消える。僕はその後ろ姿に向け、透明な銃を向ける――

 ――本当に人を殺したことも無いくせに、軽々しく”ぶっ殺す”なんて言うなよ片瀬。

 銃を下ろし。寒すぎる秋の切れ端を、大きく肺に取り込んだ。「何はともあれ、バイトなんかしてる場合じゃないな」自転車に跨がり、街に出向く。後一時間五十五分しかない。その間に見つけるんだ。ターゲットを――殺してもいい人物、を。

*****

 駅前に立つ。数日前ここで、市議会議員を殺した。あの日は雨が降っていた。今日は晴れている。夕暮れ、そういえば――いつも夕方だな。誰かを殺すのは。軽く笑う――そんなことはどうでもいい。あと一時間三十七分、見つけられるのか?殺すべき対象を。ジャンパー、右ポケットには透明な銃、左ポケットには絶望。
 道行く人達を観察する。学生、OL、老人、児童、サラリーマン、痩せた人、太った人、杖付く人、鞄を持った人、サンダル履きの人、様々。
 僕は今ハッキリと、殺人者の自覚を持って彼らを眺めている。”誰を、殺す?”限りなく物騒な設問。噴水のベンチに腰掛け、時間の経過に怯えている。決めることなんて出来ない。大嫌いな片瀬でさえ、殺すことができなかったのだ僕は。
 後一時間を切った。焦燥、心臓、鈍い血流、眩暈――後一時間、このまま何もしなければ僕は、死んでしまう、らしい。どこか人事のよう――なるほど。この駅前の空間にいる人間全て、僕を含めたすべてが、死の対象というわけだ。ともかくもこの中から一人、誰かが死ななければならない。その対象が、僕であっても一向に構わないのだろう。悟り、大きさはせいぜい直径3mm程度。

「きゃあ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あ」

 ?

 ――何事だ。駅から悲鳴。喧騒。飛び出してきた人「た、大変だ。人がヒ……ヒトが殺された」サラリーマン風の男が、誰に問われたわけでもないのに、中の状況を叫ぶ。「うわぁ」と、大勢が逃げ出す――ふむ、こういう時、人は逃げるものなんだな。野次馬根性も、死を賭してとまではいかぬものか。ゆっくりと腰を上げる。

「もう時間がないぞ」

 猫がしゃしゃり出る。「分かってる」「落ち着いてるな。見つけたのかターゲットを」
「ああ、奇跡的にな」「うん?」「殺人犯がいるらしい。ソイツを殺す」「なるほど」「人を平気で殺すような奴は死んでも構わないだろう?」猫に聞いたのが間違い。「ナツ――お前も同類だゾ」「うるさいよ」そんなこと、とっくに自覚しているさ。流れない涙を眼球にウルウルと表面張力させ、駅に入っていく。
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