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2015年10月23日06:22

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猫と絶望 12

「待てナツ、猫の威信にかけて、これだけは言わせてくれ」
 左眼に棲む猫が言った――「殺せと言った覚えはない」

 「よく言う。いつも突然現れて”この男を殺さなければ、お前の命はない”って――」「そうだ。お前の言うとおりだ。私は必然的状況をお前に教えてやっただけだ。”殺せ”とは一度も言っていない」「……屁理屈をこねるなよ」
 街路樹がグラグラと抜けかけの虫歯みたいに揺れている、風で。
 「一つ、私はナツに”生きておいてもらわねば困る”。何故か?私の棲家だから。二つ、誰かを殺さなけば、お前は死んでいた。理解は出来ないだろうが、それが事実だ。そこで私が透明な銃を支給した。お前に”生き残る術”を与えたのだ」

 ――どういうことだ?考える。”僕を殺すゾ”と脅し、誰かを殺させることが、この猫の目的ではなかったのか?

 「私は”選べ”と言ったはずだ。”殺して生きる”か”殺さずに死ぬる”か、殺せと命じるのは容易い。だが私は、お前の意思を尊重している」
 「僕の意思……」「そうだ」「僕の意思って、何だ?」「さぁな。簡単言えば”生きたい”という意思だろうな。誰かを殺してまでも、生きたいと願う意思」「そんなこと……僕はただ……」
 「ナツ、お前だけじゃない。大なり小なり、人という生き物は――”誰かを殺さなければ、生きてはいけない存在”なのだよ。お前たちの種の定義と言っても過言ではない。だから気に病むことはない。ところで、またしても私は、お前にとって不都合な事実を伝えなければならない」「まさか……このタイミングで、か?」「そうだ。済まないな」

「今度は僕に、誰を殺せと言うんだ?」

 「もう”誰を”とは言わまい。お前が選べばいい」「選ぶ?」「そうだ。誰でもいい。かっちり今から2時間以内。誰か一人、殺さねば、お前は死ぬ」「誰でもいいって言われても……」「いるだろう?普段から殺したいと思っている人間の一人や二人」「まさか、いないよそんなの――」

「おい、何やってる?さっさと着替えろ」

 片瀬だ。「まさかまた猫の死体を見つけたとか言うんじゃないだろうな?」「違うよ」「じゃあモタモタすんな、殺すぞテメェ」

 ――なんなんだコイツは?明らかに文脈がおかしい。どうしてそこで”殺す”なんて単語が出てくるんだ?コイツなら…………ポケットに手を入れる。透明な手触り、銃握を探る。「そういえば、テメェ――」
 「――こないだのお礼をしてなかったよな」「お礼?」――礼を言われるようなことをした覚えは……「新見に言いやがったろ?俺が猫を轢いたってよぉ」――僕は何も言ってない。「言っとくが俺はホントに轢いてねぇぞ」「どうでもいいですそんなこと」「ああぁん?」片瀬が詰め寄ってくる。僕の襟を掴み「気に入らねぇんだよ、テメェのその透かした態度が!」
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