mixiユーザー(id:44534045)

2015年10月21日22:29

99 view

猫と絶望 11

 昨日人を殺した――と、いうのに僕は今日、普通に学校に行った。そうして授業を終え、アルバイトに向かう。いつもと変わらない日常、ルーチン。
 自転車を停め、裏口から店内に入ろうとした。ら、声を掛けられた――海布山ナツ君。
 聞き覚えぬ声にフルネームを呼ばれ、僧帽筋をしゅっと萎縮させ、戸惑い振り向く――はい?

「黒田と言います。刑事です」

 ――刑事?

 「刑事さんが僕に……一体何の用ですか?」この時点、心臓はまだ、平常。しかし時間の問題。30秒後、事態を把握し、激打乱脈することだろう――刑事が、僕を訪ねてきた。人殺しの僕を、ドクン……
 「宮浦のインターネットカフェで昨日、事件があったのを知っていますか?」「事件?……人が死んだそうですね」「そうです」「事件なんですか?」「そうです」「殺人事件というわけですか?」黒田と名乗った刑事、一拍子の躊躇を置いて、「そうです」、と言った。ギャンギャン鳴っていた心音が、突如止まる。



「僕が……僕が犯人、だと?」



 刑事、口元だけ捻じ曲げ、”苦笑い”を製造し「いや、別にそう決め付けているわけではありません。あの時間帯に、お店を利用されていた方から、聞き取りをしているだけです」僕はホッとする――一先ず、容疑者というわけではなさそうだ。
 「確かに僕は、あの店にいました。でも事件については特に……僕が帰った後だったようですね。死体が発見されて大騒ぎになったのは」刑事、歪めた唇を、すと無表情の位置に戻し「確かにそうです。因みに――殺人が行われたと推定される時刻から、死体が発見されるまでの間、その間に退店されているのは海布山さんだけです」「……はい?」
 僕は平静を装い考える――”殺人が行われてから死体が発見さてるまでの間”その時間帯に店を出る――殺人を犯した者なら当然、殺人時には店にいなければならない。そうして、死体が発見され、面倒なことになる前に、店を出ようと考えるのが自然だろう?――つまり僕の行動は、殺人犯のステレオタイプそのもの?まるで「僕が殺しました」と自白しているようなものなのか?いや、少し思い込みが過ぎるか?疑心暗鬼という鬼が、疑問符を振り回す。
 刑事の顔色を窺う――懐疑的な眼?冷たく。いや、カマキリが風景を見ている無機質さ。感情を殺し、眼に映るものをありのままに観察しようとしている――ように見えて、怖い。
 僕は刑事のセリフを待つ。秋風が寒風に脱皮しかけの空、ハンバーガーショップの店裏、青い夕暮れ、舗装された駐車場、脂のシミ、黒黒とそこだけ、黒曜石のようにテカっている。刑事、まだ僕を見ている。唇は紫、眼はカマキリ。心や思考はまったく見えない。

「おはようございます」

 とても小さい遠慮声で挨拶が聞こえた――トクン。「おはようございます」僕は挨拶を鸚鵡返す。チラリと刑事を見遣り、僕に目配せして、裏口から入っていく後ろ姿、呼び止めるように、も一度「おはよう……新見さん」彼女は、振り向き小首を傾げ「おはよう」と残し店内に消えた。

「おい、何やってんだ?」

 無遠慮な片瀬のガナリ。こいつも遅番だったか。アホみたいにステッカーの貼られたヘルメット、小脇に抱え、僕を睨み、ついでに刑事を睨む「なんだテメェ?」刑事の目付きが気に入らなかったのだろう。片瀬が喧嘩腰で刑事に近づく。

「また、来ます」

 と、呆気無い一言残し、刑事黒田は去っていく。「待てよテメェ、何ガンくれてんだ?」片瀬の馬鹿さ加減が有り難い、が、これ以上深追いしてほしくない。僕は肩に手を乗せ、”まぁ落ち着け”と念送る。通じたのか?「なんなんだぁ?アイツは」片瀬はトーンダウンし、僕に向きなす。僕は手を離し、「クレーマーですよ」と、説明した。
 「チッ」舌打ち「ペッ!」痰吐き、黄色いヘルメットを抱え直して、悪童片瀬は店内へ。

 僕は一人、残された店裏、声に出した――「僕は無実だ」

 ――殺さなければ、僕が死ぬんだ。僕は生きていたい。僕の殺しには、動機はないが、理由がある。正当な理由、生存権を主張しているだけ。それを咎めるのは”言い掛かり”だ。悪質なクレームだ。そう思いたい。殺された人のことは、考えたくない。僕が殺したかったわけじゃない。だって――猫が”殺せ”と言ったのだ。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する