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2015年10月11日10:06

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絶望と猫 8

 右ポケットに銃、透明な銃。僕にしか見えない銃。ポケットの膨らみが、実在と質量を証明している。手を突っ込み、触れる――ひょっとしてこれは、具現化されてしまった僕の殺意なのではないだろうか?難しい本を読んだ夜なんかには、そんなことを考えてしまう。実は――この透明な銃だけが実在を確定させていて、僕自身や、猫や、生への執着や、誰かを想う気持ちなんて――この銃なんかよりもずっとずっと透明であやふやなものなのかもしれない。(駄目だ、また考えてしまっているぞナツ)自分で思ったのか、猫が囁いたのか、それすらももう分からない。ただぼんやりと、見つめていた視界に、A24の文字だけがあった――プレートに収まっている文字。今からここが、5回目の殺人現場になる。

「ぐおおおおぉおおおおん……ぐむ…ぐ…ぐふぃおおおん」

 びくぅと肩をすくめる――なんだ?今のは?「ぐおぉん……すぴ」ドア越しに聞こえてくる音、イビキだ。トイレにいく前に、ずっと悩まされていた轟音だ。「コイツだ」猫の声。そして視界に、ライフル銃のスコープに表示されるようなターゲットマークが映し出される。猫が僕に見せているのだ。僕の網膜をモニターのように使って。
 ターゲットマークは、ドア――ネカフェのドア、薄っぺらい板、手を掛ける窪みの、斜め右下ら辺に表示されている。交差する線と、大きさの異なる円の並び、中心の一点をクローズアップさせているのはドアの向こう、きっとイビキの主の心臓。
 例によって僕は、お決まりの質問を猫に「どうして、この人なんだ?……まさか、イビキがうるさいからか?」猫が嗤う「アハハハは、ナツ、今のは面白かった」左眼の眼窩に響く猫の笑い声、僕は苛立つ。「冗談を言ったつもりはない」「だろうな、だからこそ今のは笑えた。ともかくだナツ、理由が必要なら、お前が考えろ。イビキがうるさいから?それを殺意の理由にするもしないも、お前しだいだ」「イビキが煩いくらいで、人は殺せないよ」「じゃあ、どんな理由なら殺せるんだ?」「それは……」

「ぐぉこおおおおおおおおお」

 もうこれはイビキといよりも雄叫びだ。あちらこちらの個室から舌打ちが聞こえてくる。この空間にいる大勢が、どうやら同様の不快感を共有しているようだ。「皆、迷惑がっているようだな」猫が言う。「だから?僕だけじゃなく、皆が迷惑しているから……殺せと」「そうは言っていない。何度も言うが、動機や理由について、こちらからお前に伝えることは一切ない」「……なのに殺せと?」「そうだ」「どうして?」「ナツ……お前はガキか?!」猫が怒った。心臓が――く……くるし……た、たすけ……
 「ナツ、分かるだろう?殺さなければ、お前が死ぬんだ。理由なんて無い。これは世界の条理なのだ。受け入れろ」視界が霞む。標準だけが鮮明、左眼に浮かぶ。僕はポケットから銃を取り、震える手で支える。ガタガタと標準がずれる。銃口の狙う先が表示される。そいつを、標準に重ねればいい。そうして人差し指をクイぃと曲げるだけ。それで僕は死を免れることが出来る。

「さぁ、選べ」
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