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2015年10月05日23:34

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さいきんのはなし

Dear アンパンマン


 キミがこの手紙を読んでいる頃にはきっと僕はもう、この世から姿を消してしまっていることでしょう。今正に僕は、市、清掃局の精鋭部隊に追い詰められ、或る場所に逃げ込んでいます。銀色の防護服を纏った彼らは、きっと感情のない機械兵器。いずれ僕を見つけて、容赦なく、消毒液を噴霧することでしょう、僕が死に絶えるまで。
 そうなってしまう前に……僕が消えてしまう前に、本当の気持ちを君に知っておいて欲しくって、こうして筆をとりました。

 以前からキミに聞こうと思っていたのですがキミは、自分の”アンパンではない部分が何でできているか”を考えたことはありますか?自分という存在を、その意義を正体を、知りたいと思ったことはありませんか?僕は、あります。ずっとそうです。
 物心ついた時からバイキン呼ばわれ、皆に嫌悪される人生、不惑を迎えた今になっても幼少の問いに解答は見つかりません。つまり――僕は、一体何者なのだろう?こんなにも人様に忌み嫌われる”バイキン”ってそもそも何なのだろう?という疑問です。

 一口にバイキンといっても、膨大な種類が存在しています。バイキン――黴菌(ばいきん)というからには僕は、菌や細菌の類なのでしょう。ただそれだけでは、僕の正体を言い尽くすことはできないわけで……
 ところで君は、菌類の研究の世界的権威であられる、マサチューセッツ工科大学のジョンFハワード博士を知っていますか?氏にはかねてより、僕の菌種を特定してもらうべく、ご協力を賜っていたのですが、遂に先日、送付したDNAサンプルの解析が終了したという一報が僕に元に届きました。
 震える指で封を開け、氏の書かれた報告書を読みました。そこには――DNA鑑定をしてみたが、僕のDNAは、既知のどの生物の塩基配列とも一致しない。よって僕が何者か知る術はないということが、詳細なデータとともに、レポートされていました。そして締めくくりに書かれた、氏の結論――

「この未知の菌に感染した者がどういった症状を引き起こすのか不明だが、ただただ有害であることは疑う余地はない。これはまるで、子供向けのコミックに描かれた”擬人化された悪弊”そのものだ」

 ――ハヒフヘホ。

 僕には、力なく笑うしかありませんでした。正直博士の手紙を読むまでは小さな希望を持っていました。自分がひょっとしたらビフィズス菌や納豆菌などの有用な微生物なのではないかと……しかし鑑定結果は非情。僕の正体を明らかにしないばかりか、一方的に害のあるものであると断罪する内容……敢えて博士の言葉を借りるなら僕は、”擬人化された悪弊”という存在に過ぎないということです。

 もう疲れました。本当の気持ちとは裏腹に、過剰なほどに偽悪的な態度を取り続ける日々に……悪役で居続けることに……

 そろそろお別れの時間がきたようです。彼らの気配を、すぐそこに感じます。逃げることにも疲れました……もうハ行を最後まで言いきる力も残っていません。
 もしも……もしも生まれ変わることができるなら、今度は黴菌なんかじゃなくって、イースト菌に生まれたい。そうして僕は……君の新しい顔を膨らましたいと願うのです。

   僕に愛をください
   君のそばに生まれ変わるために……
   僕に勇気をください
   君をためらうことなく友と呼ぶために……

 願わくは君よ、君の顔の原料たるパン種を発酵させたイースト菌が、かつてバイキンと呼ばれた男の生まれ変わりであるという微少な可能性に、思いを馳せてくれ。

 彼らがドアの前にいる。

 もうすぐ僕も、ドキンちゃんがそうなってしまったように、彼らに手によって殺菌消毒されて、消滅してしまうだろう。

 君のパンチを、あの……愛と友情に満ち溢れたパンチを、もう一度この紫の頬に受けたかったよ……

 ではバイバイキン
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