→選択肢1――ここに猫箱を置いてバイトに戻る。
選択肢2――保健所とかに持っていく。
選択肢3――バイト先に持ち帰る。
選択肢1は、楽な選択だ。
選択肢2は、結構面倒くさい。時間帯的にも役所が開いているとは思えないし。
選択肢3――死体を持ち帰り、店長に突き返す。いや、店長ではなく片桐の方が良いかもしれない。
よく考えてみれば、僕にはこの猫の死体を処理する義務を負わされるだけのそれ相応の理由なんて、そもそも無い。しかるべき人がしかるべき対応をすればいいのである。――うん、それがいい。と、選択肢3に→カーソルを合わせてEnter、スニーカーの踵を返した瞬間、新見さんの一言、耳殻の奥で――「この子はきっと、こんな風になっても飼い主さんにところに戻りたがっているよ」と残響する。
――そうなのか?両腕に抱えた白い箱、長方体の暗渠に収まっているであろう猫の死体に、問うてみる。返事はない。が、彼女の声が代返――飼い主の元に帰りたい。逡巡する。
もう空が寒い。さっさとケリを付けて家で熱いシャワーを浴びたい。でも安易に選択し3を選び、このままコイツを持ち帰ってしまっては、きっと彼女は失望するだろうな――悲しみと諦めがブレンドされた笑顔で、彼女は僕を迎えるだろう。その優しさを思い描くと、足が竦む――このまま帰る訳にはいかない――眼前の家屋、再度見上げる。何度見ても廃屋、飼い主たる人の気配は皆目。もはや転居してしまったのか、ひょっとしたら死去してしまったのかもしれない……どうする?
僕は唇を噛み締め、うろうろと歩き歩き考え込む。気が付くと深い雑草の庭に侵入していて――眼前に、光合成業務を終え安らぐ群草の吐息が、深緑色の大気となって、充満している。そいつをすっと鼻から吸い込み、肺いっぱいに満たしてみれば、あまりのリアルさに、思わずゲホゲホと咽てた。涙目に歪む視界、ふと目についた小さなスコップ、園芸用のちいさなスコップだ。箱を置いてしゃがみ込む――
足元の地面に突き刺さったスコップ、柄を握る。ゴスゴスとした手触り、血臭に似た鉄の臭い――錆び付いているようだ。順番に指の腹に力を伝え、引っこ抜いて見る。星の無い夜空に翳す。元々何色だったのだろう?今ではこの空に紛れるほどに暗褐色だ。僕はスコップの冷たさをじんわりと手のひらに馴染ませ、選択肢4に思いを馳せた。
→選択肢4――この庭に埋めて帰る。
Enter
……どれほど、掘っただろうか。暗くて見えない。スコップのサビが手のひらの皮を喰い破ったようだ。痛みというほどではない違和感があり、かすかな出血の予断。疲労感が徒労感にグラディエーションしていく。そもそも――僕のこの行為は正しいのだろうか?考える――
僕は考え事をしたり、意見を発するときに頭に「そもそも」を付ける癖がある。因みに中学の僕は「ソモソモ」もしくは「ソモ」とアダ名されていた。
改めて。
――そもそも、この猫が飼われていたであろう家の庭に、”埋める”という行為は果たして、”飼い主のもとに返す”という目的に完全にはequalしない気がする――どうなんだろ?自問するが、自答は困難。仕方がないので三度(みたび)、新見さんの幻聴を耳殻の奥に召喚する。目を閉じて聞く――僕の行いは間違っている?
「海布山くん」
「いやにハッキリとした幻聴だな」眼を閉じたまま念じ続けていると再度の声――「海布山くん……ひっとして、猫のお墓を作っているの?」
しまった――本物がいるらしい。僕は億劫にまぶたを開いて――「ひょっとしてじゃなく確実に僕は今、この猫のお墓を作っているところだよ」
と、答えた。
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