・西成山王ホテル(64-65)作: 黒岩重吾
月光仮面の原作者だ。小説は初読み。西成を舞台にした作品群があると聞いて、ずっと読みたかった。大阪人の私は、たまに新世界に遊びに行くこともあったし、噂を聞いて怖いもの見たさの興味も持っていた。
短編5篇を収録した本である。すべて趣向が異なっている。「湿った底に」風景描写に引き込まれ、あっという間に物語の世界に没入した。足の悪い澄江は、血のつながらない母と暮らしている。頼りない男になぜか惹かれていく。彼女に幸福はあるのだろうか。
「落葉の炎」芦屋のボンボンが奔放な言動を繰り返す娘と恋に落ちる。底辺の更に裏側には、想像を絶する世界が拡がっていた。
「崖の花」貧民街で生まれた美少女とヤクザの兄の運命を描く。息詰まる容赦ない人間ドラマの秀作だ。
「朝のない夜」売春防止法施行の前夜、娼婦たちは身の振り方に悩む。いつも笑顔を絶やさないきん子は、玩具問屋主人の妾に収まるが、無口なチンドン屋の宮原に惹かれていく。本作が最も気に入った。登場人物描写の深さと的確さのせいで、全員が知り合いのような気がしてくる。これが文学の力か。
「雲の香り」会社をクビになった葉村は、日雇い暮らしを続けていた。やがて計理士の助手を始めて、アルサロ勤めの静江と深い仲になる。平穏な暮らしが待っていると思われた矢先、東京から動物園のような感覚で釜が崎を見物に来た美女に出会った。本作も人物像のリアルさが凄い。
歴史の1コマとしての西成風俗とそこで暮らす人間群像に凄まじい吸引力がある。誰しも悪習に染まったり道を踏み外したりする弱さは持っている。本作は人間の普遍的な駄目さを生々しく抉り出すから、かくも心に響くのだろう。普段の読書とは傾向が違うが、たまにはこういうのも読むべきだな。★★★★★
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