どちらも重厚なのに読みやすく、あっという間に読了した。風雪に耐えた一流作家の文章は高品質だな。世代のせいもあるが、私にはむしろマンガ表紙のラノベのほうが読みにくい。
・混声の森(78)作:松本清張
私立女子大の専任理事・石田謙一は、現理事長を追い落として自分が後釜に座ろうと画策する。女癖の悪さを問題化して辞任を迫るという筋書きだ。だが、石田本人も長男の非行や浮気相手との確執など、問題を抱えていた。
小人物の生臭い欲望やみみっちい悪だくみが延々と描かれる。下らない奴が下らない行動をする話で、普通なら読んでいて嫌気がさすところだが、不思議と清張作品は不快感をまったく感じない。嫌な話なのに、読むのは嫌じゃないのだ。
それどころか筆致に引き込まれてどんどん読めてしまう。人物造形と構成が抜群に上手いせいだ。「俺がこの立場なら、同じことするかなあ」と考え込んでしまうのは、作品世界に耽溺した証拠だろう。
特に旅行先で事故に遭う場面と結末に唸らされた。面白く読めるが、題材が魅力的とは言い難いのが残念。★★★
・羆嵐(くまあらし)(77)作:吉村昭
「百合熊嵐」のタイトルは、たぶん本書から。がうがう。この作家は決め打ちで多読したことはないが、「戦艦武蔵」や「関東大震災」など興味あるテーマの本を何冊か読んでいる。
大正時代、一頭のヒグマに六人の人間が殺された。これは単独個体による日本記録らしい。貧しい開拓地の寒々とした風景や、理不尽な死に見舞われる恐怖が眼前に広がるような迫力で描写される。限りなくドキュメンタリーに近い小説だ。この手法は客観的記述にこだわったノンフィクションより、むしろ優れているのではないか。
景気よく集まってもすぐにビビる役立たずな村の衆は、現代の市民にも通じるところがあり、情けなくも共感できる。気まぐれで偏屈な老猟師の描写が素晴らしい。礼儀正しいかと思うと、いきなり粗暴で強欲になる。名人気質とはこういうものかもしれない。純粋な獣害事件なので、複雑な背景など何もない。その意味で肩がこらず、面白く読めた。★★★★
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