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2019年08月08日00:39

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片瞑り

少女の指が「私」を砕く
ゆっくりとゆっくりと絶望的優しさで
力が加わってくる

ぱりり

小気味よい炸裂音をたて
「私の殻」は崩壊した
それは自我の崩壊に等しき衝撃だった
私は蝸牛

*****

病んで蕩けた紫陽花の葉を喰んでいた私
小さな手により捉えられ
プラスチックケースに幽閉されたのはつい数日前のこと
少女優しい手
ドレッシングの掛かっていないレタスを
そっと私の前に置く

少女の眼
透明なプラ板の向こう側
ヌメヌメと粘膜を押し付けて這う私を見て
細まる

少女の唇
その奥闇から漏れ伝う声
こう告げた

「これの殻を取ったらどうなるの?」

*****

少女は何度も呟いた
「殻を……取ったらどうなるの?」
「……殻の中身って……ナメクジなのかな?」
「どうなのかな?」
それは無邪気な問いかけだった
惜しむらくは私に答えを伝える術はなく
ただ身を捩り レタスの葉の裏に身を潜めるのが精一杯であった

私にとっては巨大すぎる彼女の巨木のような指
庇護のレタスをむんづと剥ぎ取り
波打ち全速疾走する私を
あの優しかったはずの手で……指で
私を……
私の殻を掴むと
私の……
よって立つべきアイデンティティ
一瞬にして圧潰させてしまったのです

ぱり

それはあまりにも呆気ない出来事でした

*****

私は……
あんなにも優しくしてくれたはずの少女が
何故こんなにも酷いことを考えついてしまうのだろうか と
ただ呆然として身じろぎもせずそこに居ます

少女は……
もはや蝸牛とは呼ぶに呼べない私の身体
そこに辛うじて張りつている幾枚かの殻の欠片を
そっと
そっと
それを取り払うことが私に対する看護であるかのような面持ちで
摘んでは剥ぎ取り……爪を差し入れては剥ぎ取り……
永劫とも思え時の流れを経て

私は……
「正体の分からない何かナメクジ的な塊」へと
成り果ててしまったのでした

【空だ殻だ……体……】

*****

少女は……
笑っていました
私の滑稽な無様を見て
この世に在らざるべき純粋さで
輝くばかりの笑みを浮かべていました

私は……
こんな身に成り果ててしまった今でも
少女の笑みを見て……
本当に自分でも驚くべきことですが

「嬉しく思いました」

私が失ってしまったものと
少女が得た可笑しみが……
十分に釣り合いがとれているのではないかとさえ……
感じ

私は……
こんな体になりながらも
少女に飼われるという地獄に思いを馳せて
歓喜すらしましたよ

涙……
一滴の涙が
すべてを終わりにしてしまいました

少女……
笑顔だったはずの少女
くしゃくしゃと顔を歪めて私を見
何か取り返しの付かないことをしてしまった感ありありの眼を瞬かせ
私に
この世界には存在してはいけないはずの憐憫を
一滴(ひとしずく)落としました

私……
私の身体は
彼女の涙に浸り
じわじわと
過剰な悦楽に侵され
臓腑の奥で熾る凍るような背徳感に満たされ
じわじわと

私……
私の身体は
彼女の涙に浸り
溶けていく
溶けゆく
溶けていく
溶けて……ゆく……

*****

「彼女の涙の真意」
もはや
今となってしまってはもはや
私には計り知れないのです

*****

ここでこの物語は終わります
私といっしょに

おしまい
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