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2015年10月08日02:21

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絶望と猫 6

 「死因……不明だと?」
 眼鏡を指で押し上げ、眉間に皺を寄せ聞き返す男は刑事、黒田吾郎、場所は検死室。毬栗頭をボリボリと掻きながら、応える検視官、井戸田「不明だ。先週の高校教師と同じ、全くもって原因の分からない死に方をしている。そう、まるで……電池が切れるかのようにこう……」井戸田は、中空に両腕を浮かべ何かを表現しようとしたが、適当なジェスチャーに思い当たらなかったのだろう。変テコな角度で腕を固めたまま「心臓麻痺、心不全、心臓発作――報告書にそう書いてしまうことは容易いが、俺には分かる。心臓に異常はない。この死に方は異常だ。余りにも異常」「ふむ……異常……か」黒田の唇が歪む、怒っているのか――嗤っているのか。「どこが異常なんだ?」「綺麗すぎる」「なに?」「死に方がだよ。何らかの病理的原因があってしかるべきなんだが、それが一切ない。身体の中にも外にも、傷一つないんだせめて……」死体を見下しながら――「破けた動脈や、血栓のひとつでもあれば、な」「ふむ……原因不明の突然死……か」「不本意ながら前回同様、報告書には心不全と書いておくが……しかし一体何が起こっているんだ?立て続けに3件だぞ!」――同様の遺体の数。黒田が、眼鏡の奥でギラリと睨み「いや、4件だ。4週間前にバイクで海に転落したフリーターも多分……俺はそう睨んでいる」「……かもな。ガイシャに共通点は?」「今のところ見つかってない。フリーター21歳男、ベビーシッター37歳女、高校教師29歳男、そして現役の市会議員、性別も職業もバラバラ、交友関係や所属団体、経歴なんかも洗ってはみたが……目立った共通点は見つからない」「……いよいよもって不可解だな。三原署のエースと呼ばれたお前をもってしても、捜査は難航している……ってところか?」「まぁな。だが全く手掛かりがないというわけではない」「ほぉ、というと?」黒田は宙を見据え――「唯一の手がかりそれは、手掛かりがまったくないということだ」「ん?なぞなぞか?」黒田、苦笑いし、首をふる――「ガイシャに共通点がないという点――それは”無差別殺人”であるという可能性を示唆している。それともう一点、殺された人物の唯一の共通点”死因が特定できない”という点、それをテコに、ホシの殺しの手口を解明することができれば、一気に事件の核心に迫ることが出来るのではないかと、俺は睨んでいる」検視官井戸田は、嘆息して「やっぱりお前は三原署のエースだな」と、脱帽のジェスチャーをしてみせた。

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 「エース……」市会議員が撃たれた現場、三原駅前に立ち、地道な聞き取り調査をしている――華々しさの欠片もない地道な作業、別に俺は、自分自身に、優れた能力があるとは、思っていない。
 思い出すは20年前の夏――甲子園出場をかけた地区予選決勝、マウンドに立つ黒田。キャッチャーのサインに首を振り、投じた一球、バットから快音、フェンスを超え、夏は終わった。二度と訪れない、夏――俺は、エースの器じゃない。否定された人生の三年間、死ぬまでつきまとう後悔の念。

「刑事さん……」

 黒田を苦い回想から呼び起こす老婆の声――どうして、刑事だとわかった?「刑事さんなんじゃろ?」「……ああ」生返事を返し、老婆を見る――片眼は眼帯で覆われ、無駄に派手な淡いピンクのワンピース、カートに体重を預け、背骨をUターン寸前まで湾曲させている。「ワシャ見たんじゃ」黒田、怪訝に、片眉を跳ね上げ、眼鏡のフレームに指沿わせながら、「お婆さん……何を見たというのですか?」老婆、大きく口を開け、囁く「若い兄ちゃんが、銃で撃つ仕草をしとった」黒田、諦めのため息を吐き「それで?」「次の瞬間じゃった……演説しとった議員さんが突然倒れたんじゃ」「……昨日の、夕方のことですか?」「そうじゃ」黒田、思案顔、腕を組み、老婆を見下しながら、考えこむ。そこに女性の声「ま、お祖母ちゃん、こんなところにいたんですか?」老婆の娘と思しき中年女性が、老婆の腕を掴んで「待っててって言ったでしょ。勝手にどっか行っちゃうんだもの。心配したんですよ」黒田と目が会い「まぁ、すいませんね。うちの母ボケちゃってるんで……さ、帰るわよ」手を引き、歩き去ろうとする。老婆は首を不気味なほど鋭角に曲げ、黒田に向け最後に「刑事さん、ワシャア見たんじゃ……見たんじゃけん」と言った。歯の一本も残っていない口腔闇の体積がちょうど、硬式ボール一個分ほどに思えた。
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