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2015年10月13日07:52

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絶望と猫 9

「5人目……か」
 普段から青白い黒田の顔色が、更に青く白く、眉に寄った皺にはカード2、3枚ゆうに挟めそう。「5人目?」「あ……警部補……」黒田が警部補と呼んだ女性、警部補、篠原毬(まり)、だらしなくコートを肩にかけ、呼気には昼間から「アルコールの匂い……まさか飲んでるんですか?」「非番だったのよ。悪い?」「いや……」「そんなことより5人目って、さっき言ってたわね?」「はい」「何が5人目なの?」「この殺しがです」「殺し?」「はい」「どうして、殺しだと?」篠原毬42歳、独身、×1、出世にて先んじるが、黒田とは警察学校の同期、異名は”女鬼(めおに)”
 「井戸田検視官の報告書にもありますが、ガイシャには外傷及び、病理的な死因らしきものが一切見当たらず――」「読んだわ。現段階で死因が不明なのは分かった。で?どうしてこれが――」と、ネットカフェの個室に横たわる人影を見下し「――この男性の遺体が殺されたものだと?」「それは……」――俺の直感です。と、喉から出かけたが、黒田はぐっと飲み込む。女鬼はそれを見逃さない。「黒田刑事……まさか『直感です』なんて稚拙なことは言わないでね」黒田、撃沈。「直感で刑事が務まるなら、世の男性刑事は皆、総辞職して、女性にその地位を譲るべきね」「…………」「男の直感ほどあてにならないものはない。そう言い切れる自信がある。黒田刑事なぜだか分かる?」首をひねり「……いえ」「私の直感がそう言っているから――もう一度聞く。どうして本件が”殺し”だと?」
 黒田、伏せた顔から、恨めしげに見上げ、篠原の頭部に生えているという噂の、鬼の角を探す。「答えなさい」「……本件……いや、本件を含む5件の原因不明の死亡事件が、殺人であるという確たる証拠はありません……しかし……」「しかし?」「殺しではないという確証もないのです。ですから自分は――」「黙りなさい黒田刑事。アナタ、刑事の職務を誤解してない?」「誤解……ですか?」「アナタは事件を解決しようとしていない。それどころか、事件を創りだそうとしている」「そんなことは――」「あるわ。アナタは自分の思い込みで、連続殺人犯を創りだそうとしている。死因不明の死体なんて、そんなに珍しいものじゃない。アナタみたい原因不明即『殺しだー』なんて決めつけてたらこの世は殺人事件だらけよ」「ですが……」黒田、顔を上げ、まっすぐに「4週間のうちに5件も立て続けにです。これは異常事態です」「うむ、異常であることは否めない」「警部補、教えてください。警部補は、女の直感で、この一連の事件のをどう判断しますか?」篠原、紅すぎる唇歪め、眼細め「未知の細菌、ウイルスによるものかも知れないし、または食事や注射、服薬などにより、毒物を摂取してしまった可能性もある。特殊な磁気、放射能、電磁波を浴びてしまった可能性だって0ではない」「そんなことを聞いているのではありません。警部補の直感を教えて下さい」目を逸らし、遺体を見つめながら「教えない」「な?」「捜査に余計な先入観を与えたくないから。ただ……これだけは言える」黒田、刮目して聞く。

「死因が判明すれば、すべてが明るみに晒される」

 検死室にて井戸田に「殺しの手口が分かれば――」と、黒田は告げた。得心した――篠原警部補の直感は、自分と同じく、これを”殺し”だと断定している。
 「署に戻るわ」気怠く言い捨て篠原、ふらりと振り向いた途端に――

「警部補っ!」
 駆け込んできた警官が、肩で大きく揺らせ、息をなんとか整え「報告、します」「何事?」「3ブロック先の路地裏で、遺体が発見されました」
 篠原、うんざりと、酒臭いため息を吐き「また原因不明?」「ハイ、しかし――」「しかし?」「今度の遺体は、その……損傷が著しく」「損傷?」黒田が聞き返した。次いで「外傷が有るということか?」「外傷というか……胸部に、なにか大砲で撃ちぬかれたような巨大な穴が開いてまして……」
 黒田、篠原目を合わせ。同じことを思った。

 ――6件目だ。
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