最近は、フランク永井がらみの話題はほとんどありません。10月17日の「フランク永井歌コンクール」を待っている、という感じです。当然ですが、新たなCD等の作品がリリースされることも聞きません。
考えれば、まあ、私の所蔵する楽曲や映像やジャケットなどを、再整理して「フランク永井データブック2」を作る。特に、映像の整理をまとめるというのが、課題としてあるのですが、なかなか作業がすすみません。
合間をみて少しづつ進めてはいるのですが、あくまで自分用です。最近は、前回のブログで触れましたように、AIが作り出す、戦後歌謡曲、ムード歌謡のオリジナルというのをYouTubeでよく聴いています。
全部BGMとしての利用です。だから、曲のそれぞれの感想や評価はありません。しかし、繰り返すようですが、最近のAIの技術的完成度はすさまじく、とてもちょっとした作詞、作曲家はかないません。そして、歌うAI歌手の声の音質の心地よさが決まります。
本来的に、年季を積んだ人間の手で、しこしこ作る芸術的、文学的なものなのですが、その人間の「年季」をAIは「深層学習」という異端な技術で、とても一人の人間が生涯かけて、身体で学ぶものを、外見的とはいえ、幾多の人間の蓄積したものをデータとして、覚えてしまっています。
この「年季」の総量は比較できないものになっています。ここ数年、将棋や囲碁、チェスといったゲームの世界では、完璧にAIが百戦百勝です。つまりAIにデータとして学ばせるような性質の世界では、ひとりの天才といえども、人間は太刀打ちできない世界ができているのです。
もちろん、私は上記のように表現しましたが、決して人間の能力を「すべてにわたって」AIが超えたなどとは言っていません。だから、人間でなければ、どんなにAIが束になって対決しても、勝負にならない、つまり人間の方が優れているというものがあるはずだから、それを、どなたかが「明確にする」のを、毎日待ってもいるのです。
そして、日本特有の大衆歌謡界における、人間的なアクやコブシやクセをかました歌唱は、まことにユニークな魅力があります。逆にこれがなければ、演歌、歌謡曲は存在し得ません。この魅力はすたることもありません。これを土台に据えたうえでのAI話です。
そこで、最近ふと思うのは、フランク永井がカバーで残していない、名曲を、現在であれば、AIで再現できるのではないかということです。数年前までは絶対に夢物語でした。前のブログで、美空ひばりに「新曲」を歌わせたが、なかなか一般大衆からのプラス評価は得られなかったというエピソードがあります。しかし、現在であれば、ある程度、ファンをうなづかせるところまで行くのではないかととも感じます。
それをフランク永井なら、と思ったわけです。
ついでなので、ブラウザで、AIに聴いてみました。すると、例によって、長々と無駄口をたたきながら、解答が返ってきます。
まず、第一は、歌手本人が実際に歌っているかも知れないから、ブラウザでカバーしていないか調べて見ろと。
第二に、元歌があって、ボーカル部分をあなたの声に切り替えるツールが数多く存在するから、自分でやってみろと。ただし、有償だよとも。
第三に、元歌には著作権が存在しているので、あくまでも使用上の注意をちゃんと守って利用しなきゃいけないよと。
まあ、こんなことでした。そして、私が容易にトライできるのは何かありそうかを、探ってみたのですが、結論として、現時点ではだめでした。
YouTubeでは、いくつか動画で利用の仕方を説明しているのもみました。だが、私の力ではとても思うようにできません。そもそも、自分の声でまず、挑戦というのが多いのですが、それが今一つできなく、最初の段階でめげています。
読者の方では、当然ですが、すでにさまざま実践されている方がいるのだと思います。体験など教えていただければ幸いです。
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