「有楽町で逢いましょう」はフランク永井を全国的な歌手に押しあげた曲として、フランク永井を語るときに欠かせません。この歌は多くの歌手によってカバーされていますが、今回はギター演歌手、流しの演歌師渥美二郎のを紹介します。 2001(H13)年5月にNHK
10月に「フランク永井100選」の妄想について書きました。今回は「ベスト100」としますが同じです。フランク永井の曲から100を選ぶとしたら何を選ぶか、という仮想の話です。これ以来、つらつらと考えてきました。 まだ何も決めていませんが、いくつか思い
10月に1960年松竹映画「東京ナイトクラブ」のなかで、フランク永井と松尾和子の歌唱映像が残されていることを紹介しました。 レコードが発売されたのは前年なので、フランク永井も松尾和子もフレッシュそのもの。記録としてもカラー映像できわめて貴重と言
BSテレ東が7月末に放送した「武田鉄矢の昭和は輝いていた【義理人情の街・福岡博多の歌謡曲】」のなかで、フランク永井の歌う「中洲の夜」(1969:SV-811)が登場しました。その番組は、題目どおり、武田鉄矢のふるさとである福岡博多がテーマ。博多が利義人
11月18日のBSテレビ東京「徳光和夫の名曲にっぽん」は、徳光プロデュースとして「ムード歌謡スペシャル」が放送されました。 当日は人気上昇中の若い男性歌手4人が主役で、はやぶさのヤマト、三丘翔太、新浜レオン、青山新が出演して、ムード歌謡のカバー
フランク永井の恩師吉田正の大全集は3つあって、1948年にビクターの専属作曲家になって、20年、30年、50年の節目で出されました。 2つ目の30周年記念盤には、当時ビクターの売り出し歌手に吉田メロディーを歌わせています。 フランク永井は、1969年に「
フランク永井の恩師吉田正。1921(T10)年1月20日〜1998(H10)年6月10日)について、Wikipediaでは、次のように詳細されています。 【生涯作曲数は2400曲を超える。都会的で哀愁漂うメロディーは都会調歌謡と称され、ムード歌謡から青春歌謡、リズム歌謡
フランク永井が松尾和子とデュエットした傑作「東京ナイト・クラブ」が発売されたのは、1959(S34)年です。 これは実はB面で、A面は松尾和子のデビュー曲「グッド・ナイト」です。和田弘とマヒナスターズという、ビクターで売り出しのグループ。 恩師吉田
フランク永井の全容を世間にアピールできるのは、期間的に大きな限界が近づいているのは、ファンの多くが自覚しているところです。 デビューが1955年で、舞台から去ったのは1985年です。30年間日本歌謡界で一世を風靡したわけですが、時が経過するのは速く
先週に「フランク永井B面シングル全集」発刊への希望を記しました。さまざまな、反響、リクエストありがとうございます。 A面全集に収められた曲を、リリースされたシングル曲の全体から除くと、まだ150曲ほど残っているよ、ということでした。 A面全集で
もちろんだが、このようなCD-BOXは発売されていません。 2016年の2月に「懐かしのフランク永井シングル全集」というのが発売されました。これは正式にリリースされたシングル盤およそ250枚の、A面でフランク永井が歌った曲をCD10枚、215曲を収録したもので
9月25日、日立市民会館で開催されました。”みんなで語り、みんなで歌おう〜後世に伝える「愛と生きる力」”というテーマで開催されました。 ブログで紹介しましたが、私は催しを知ったのが遅く、参加はあきらめていたのですが、開催日直前にある事情でチ
私がフランク永井の歌のうまさに惚れたのは、ずいぶんと前になります。学校を出て川崎の大手工場に勤務していました。寮生活です。友人が指で音頭をとりながら、この歌知っているかと聞いてきました。 それが流行中の「有楽町で逢いましょう」。大好きだよ
今回も直接フランク永井とは関係ありません。ただ、フランク永井が活躍した時代の歌を、現在の若手歌手が勢ぞろいして歌うということ、その中でも当時の時代の歌の積極的に歌おうとしている歌手がいて、番組を見たわけです。 久しく「新にっぽんの歌」はみ
来る9月25日(日)日立市民会館で開催されます。主催の吉田正音楽記念館にはがきで申し込む方式でしたが、すでに締め切りが終了していて、これからの申し込みはできません。 私も知ったのが遅く、残念ですが、会場にいけません。 フランク永井の恩師吉田
このたびは、フランク永井とは直接関係ありません。ただ、ビクターの後輩で、実力派歌手として、これから楽しみの、期待置ける歌手ということです。 最近、おかゆは「徳光和夫の名曲にっぽん」(BS東京)にメインで出ていて有名かと思います。 先日、ここ
五木ひろしがメインMCを務める人気番組です。8月20日は、名曲!名演!名場面集&お宝映像プレイバック…ムード歌謡編ということで、観させてもらいました。 過去に放送した名シーンを【名曲セレクション!〜山の唄編〜】【お宝プレイバック ムード歌謡編】
フランク永井の歌を聴かない日はありません。 昔と違って、家のなかでステレオをガンガンということは、今は禁止状態です。年に一度は、SPプレーヤ(蓄音機)の羽根の伸縮を行うために、一時間ほどかけますが、他はほとんどイヤホンで聴きます。 スマホと
フランク永井は台湾で今だ大きな人気を誇っています。カラオケではフランク永井のいくつもの曲が歌われ、演奏されています。 時は1966年に遡ります。台湾で作成され、発売されたLPです。10インチということなので、まだ通常の30センチサイズになる前の大き
「吉田正生誕100周年」記念の特集番組で、昨年9月に放送されています。このときに、当コラムで、私は【期待通りの「徳光和夫の名曲にっぽん〈吉田正生誕100周年〉」】として紹介(2021.9.7)していますので、ご参照ください。 一年ぶりにじっくりと楽しま
土曜日の朝日新聞には「be」とうい別冊が付きます。ページを開くと「今こそ!聴きたい」という欄があり、今週のテーマは「盆踊りの歌」でした。 夏はやはり、盆踊り、と言いたいのですが、ここコロナ禍で中止が続いていて、私の住まい周辺でも催しがなくな
「発見」といっても、新しい映像とか、新発見といったことではありません。 私はフランク永井のテレビ番組での映像を集めて、昨年暮れに「フランク永井データ2」を編纂したのですが、この時点での全リストを整理したつもりでしたが、このリストに上げてい
フランク永井のカバーは昭和歌謡の中でも定評があると思います。フランク永井は「低音」で知られているが、彼の音域は広く、実は高音の魅力も欠かせません。 フランク永井の声の魅力は、低音から高音に一直線に伸びるところです。しかも、その発声に品を感
SPレコードから、より手軽に聴きやすいEPレコードに切り替わったのは、1960(S34)年で「鈴懸のころ」が最後のSP版です。A面は三浦洸一の「流転」。 いままでのVシリーズからVSシリーズに変更していきました。そして、それ以前のSPは、VSとして続々さかのぼ
和田弘とマヒナスターズのメンバーであった松平直樹さんが亡くなりました。こころからご冥福をお祈りいたします。 1955(S30)年〜1970(S45)、1985(S60)年〜2002(H14)年和田弘とマヒナスターズ、2004(H16)〜2022(R4)マヒナスターズに属しました。 マイナ
1978(S53)年のアルバムです。フランク永井の残した曲を毎日聴いています。最近聞いて印象深かったので紹介します。 NHKのビッグ・ショーは当時たいへんな人気番組でした。だが、この番組の映像は残されていません。NHKにもビクターにもないとお聞きします
フランク永井の恩師吉田正は1921(T10)年1月生まれです。生誕百周年になりました。そして1998(H10)年6月にお亡くなりになりました。この6月はそうした意味でさまざまな記念行事もあるものと思われます。 ビクター・ファミリー・クラブからCD全集「夢と希望
5月24日の番組です。「魅惑のムード歌謡」「有楽町で逢いましょう」というキーワードに惹かれて観てしましまったものです。当日のゲストは氷雨の日野美歌、真田ナオキ他です。 宣伝では八代亜紀の「有楽町で逢いましょう」は初だ、とありましたので、ちょ
5月13/20日に放送されました。フランク永井の恩師吉田正と佐伯孝夫がビクターから送り出した橋幸夫。1年後に喜寿80歳を迎えるにあたり、先ごろ芸能界からの引退を宣言して話題になったばりかでした。 ここでは音楽プロデューサである八田郷士さんが登場さ
最近テレビの歌番組にあまり強い欲求をもてなく、録画したままのが多い気がします。それらを観ていて、安心して見る気になったのは昨年3月の再放送でしたが、テレビ東京BSの「昭和歌謡ライバル物語古賀政男小関裕而江口夜詩」です。 日本の戦中から戦後の