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日記一覧

 いよいよ2018年が暮れようとしている。平成が終わり来年は新たな年号になる。世は明るくないのだが、フランク永井ファンにはうれしいニュースがある。 フランク永井を世に出したビクターから年明け(1月9日)に「日本の流行歌スターたち」というシリーズ

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 前回にカラオケ店で歌えるフランク永井の曲を紹介した。 カラオケの演奏曲はビクターから他に出ているものとして、1988年に発売されたCD-BOX「魅惑の低音−フランク永井大全集」の6枚目にカラオケがある。「東京カチート」「好き好き好き」が入っている。

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 カラオケを楽しんでいる人は大変多い時代。「ひとりカラオケ」というのも流行っている。カラオケは仲間で言って交流する場のような時代もあったが、今やその文化も多様化している。機器やソフトの拡充から携帯を使ったカラオケがあり、また映像こみでyoutub

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 2018年もあとわずかを残すだけになった。大晦日はNHK紅白歌合戦が放送される。が、筆者はここ数年見ていないので、きっと今年も観ないかもしれない。が、いつも情報を寄せてくれる友人からこの紅白についての今朝連絡があった。 週刊誌に特別企画の紅白記

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 素晴らしいジャズ・ピアノの演奏者でかつポピュラー曲の編曲者でもあった前田憲男が亡くなった。ご冥福をお祈りいたします。 【ある人にとっては「モダンジャズ三人の会」やウエスト・ライナーズの一員として戦後日本のモダン・ジャズ・シーンの興隆を支え

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 宮城県松山市で開催された「第10回フランク永井歌コンクール・グランドチャンピオン大会2018」からおよそ1か月経過した。 グランドチャンピオン大会での宮本アナウンサーの圧倒的な存在感を示した迷司会やさまざまなことが、今だ、強く印象に残っている。

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 1959(S34)年はフランク永井が4本の映画に関係している。「らぶれたあ」「青い国道」「夜霧に消えたチャコ」「俺は淋しいんだ」、いずれも日活作品で出演・挿入歌を歌っている。 当時の映画から、このたびスカパー衛星劇場(CS)の「幻の蔵出し映画館」と

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 「ムード歌謡」というのはフランク永井などが歌った都会派の歌謡曲について、どういう名前でくくろうか、つまりジャンル付けしようかと苦悩した結果つけたようだ。 確かに東京の享楽街でのナイトクラブなどの舞台で歌われる曲は、来客者の男女のムードを和

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 10月「第10回フランク永井歌コンクール」が開催されたことは報じた。この催しをぜひとも見てみたいということで、遠方からご連絡いただいたKさんがおられた。実際に来られて感激された。その方からの情報である。感謝をこめて紹介したい。 それは往年のア

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 10月は、フランク永井の亡くなった月ということで、偉大な功績をたたえてさまざまなイベントがある。何よりも、生誕地宮城県大崎市松山では、先に報じたように「第10回フランク永井歌コンクール・グランドチャンピオン大会2018」が盛大に行われた。 松山に

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 記念すべき第10回歌コンの結果は下記のとおりでした。おめでとうございます。★第10回フランク永井歌コンクール<審査結果>優 勝  添田  均  宮城県仙台市  妻を恋うる唄準優勝  今野 中道  宮城県仙台市  冬子という女第三位  岡田 順

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 先日久しぶりでご近所のNさんとばったり会った。彼はジネット・ヌヴー協会を主宰している。蓄音機に取りつかれて60年近く、それ一筋でご活躍。夜市で蓄音機やるのでフランク永井やろうよ、とのお声。 時間の都合ができそうなので「有楽町で逢いましょう」

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 流行歌のレコードが全面的にCD化される直前あたり、つまり1980年ごろはさまざまなメディアがあふれていた。そのころ「演歌」が定着してひとつの大きなジャンルを築いた。 マイカーの音楽装置はおおきな要素であり、そこではカセットテープが欠かせなかった

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 フランク永井がデビュー(1955:S30)した前後に「憧れのスターはだれか」と聴かれて「ナンシー梅木です」と即答した。詳しくはどういった状況でだったのか、それが記録されたいたのは何だったのか、資料散逸で紹介できないのだが、その即答したことは覚えて

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 NHK-BSエンターテインメントは2006年から2009年頃まで続いた、大型の歌謡曲番組で、4年間で昭和歌謡のトッピクをほとんど取り上げた。ここは、先にも紹介したが、長年のフランク永井封印を解いた「フランク永井と松尾和子」があり、決定打の「歌伝説〜フラ

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 「石原裕次郎・フランク永井・斉条史朗」(PONY 36P1028)である。別項で紹介した「夜のムード〜石原裕次郎・フランク永井」だが、この続編のようなもの。 裕次郎とフランク永井に、さらに斉条史朗を加えたセットだ。フランク永井がPONYのオリジナル企画で登

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 西日本豪雨、大阪地震、台風21号、そして北海道地震と日本中がすさまじい災害のなかにある。背後で何があるのか。人間は自然を自在に改変するのだとのおごりに対する、天からの反撃なのであろうか。 災害は日本だけではないようだ。無数の山火事、多くの強

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 フランク永井は1985年の年末に世間を騒がした。それからすでに33年が経過した。ファンにとって残念なことに、これを境に舞台でフランク永井を見ることができなくなった。そればかりか、テレビの歌謡番組にも登場することがなくなり、さもフランク永井は昭和

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 暑いさなかの8月、最近ほとんどみることがないのだが、NHK火曜日夕刻の五木ひろしが先生になる歌謡番組がつけたままのテレビでやっていて、ゲストの福田こうへいが「有楽町で逢いましょう」を歌っている。 おやっと思って聴いた。しばらくしてゲストの島

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 暑さが異常と言われる今年。台風も連続して日本を襲うよう間の休日はあいまのようだが、比較的しのぎやすい気温で助かる。蝉がなぜかベランダにとまり泣きだした。あんな小さなからだから、どうしてこんな音量が出るのだろう。何が気に入ったのかしばらく泣

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 ビクターの専属作詞家であった宮川哲夫。作詞家で専属といえば絶対的な地位にいたのは佐伯孝夫だ。佐伯は新聞記者出身だが戦前からビクターの押しも押されぬ作詞で「無情の夢」からはじまり、ヒット曲はキリがない。フランク永井にも「有楽町で逢いましょう

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 フランク永井は東京オリンピックの前年に「たそがれ酒場」を歌った。しかしこれはB面「公園の手品師」が圧倒的な人気で、やや裏に隠れてしまった。 この時期というのは「有楽町で逢いましょう」が大ヒットした時期。フランク永井がいきなり表に出たもので

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 1962(S37)年といえば、まだデビューして7年目。前年に「君恋し」が日本レコード大賞を獲得、この年は「霧子のタンゴ」が大ヒットした年だ。テレビの出荷台数が1千万台に到達したばかりだが、2年後の「東京オリンピック」開催に向けて、国中の意気が上が

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 石原軍団は石原裕次郎を中心にした活劇俳優グループ。ボスの石原に感服する人たちで占められ、西部警察などのテレビドラマで活躍した。中でも渡哲也はその信服ぶりはずばぬけていた。この軍団はさまざまな挑戦をするが、皆歌も歌った。 渡哲也も歌ったとい

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 前回に「しまなみ海道」を歌ったフランク永井「でっかい夢」を紹介した。普段であれば情景豊かなこの一帯が、突然襲いかかった西日本豪雨で大きな被害を出している。九州から近畿を覆い多くの箇所に甚大な傷跡を残した。被害を受けた関係者にこころからお見

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 1967(S42)年5月にフランク永井が「道後の女(ひと)」(B面は「でっかい夢」)を発売した。これは広島県尾道市と愛媛県今治市を高架橋で結ぶという、壮大な橋の実現を求めて歌ったもの。 現地の方がたの夢からかA面とB面を逆にした盤も発売された。この「

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 街がかかえる歴史、人物、エピソードを深く取り上げて紹介しようというNHKの番組TOKYOディープ。2018年6月18日「回る回るよ 時代が回る有楽町」ということで、今回は有楽町を紹介。 この番組はかつて私の親しい友人が営む神田・神保町の古く小さなショット

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 今年の「フランク永井歌コンクール」は第10回を迎える。それを記念して過去の大会で優勝された方を一堂に会した「グランド・チャンピオン大会2018」が開かれる予定だ。例年通り、大崎市松山体育館で開催される。 このたび実行委員会から発表されたポスター

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 「宮川哲夫展〜都会調歌謡と青春の歌」が日立市の吉田正音楽記念館で二年まえに開催された。 宮川哲夫展は人気の企画で、その都度さまざまな工夫をこしらえて展示されている。 フランク永井に歌詞を提供した作詞家は多いが、宮川哲夫は中でも絶対に欠かせ

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 フランク永井が恩師吉田正作詞・作曲の「霧子のタンゴ」を世に出したのは1962(S37)年。タンゴが好きな吉田正が自ら作詞までしてあたため、吉田門下生に練習曲のようにして歌わせて、歌手の傾向、特質、雰囲気をチェックしたと思える曲。 吉田の見込みと期

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