6月26日高島忠夫が天に召された。88歳であった。こころから追悼の意を表する。 高島忠夫といえば、フランク永井ファンにとっては2つのことが思い出される。 一つは、フランク永井がビクターに入って、ジャズ志向から流行歌への転向をした最初の曲「場末
フランク永井の残した曲についての「すべて」を編纂した筆者のデータブック「フランク永井・魅惑の低音のすべて」(2010年刊)について、書籍で紹介してくださった方がおられる。 その書籍「古稀=四重奏」(柳澤通博著、2019年5月、木鶏書房刊)である。
米山正夫は、フランク永井との直接の接点はない作曲家である。コロンビアやクラウンという、どちらかというとビクターの競合のかかわりが強い作曲家。圧倒的に有名なのは美空ひばりに、優れた印象深い曲を残していることで有名。だが、フランク永井と無縁で
フランク永井との接点がある方々を紹介するのが本筋なのだが、小林亜星については特別な接点はないようだ。ただ、フランク永井が活躍した同時代に、歌の世界で異様な光を放った作曲家の一人が小林亜星であることから、番外編として取り上げてみた。 小林亜
フランク永井映画月、4本上映されたわけだが最後の紹介は1958年今村昌平監督の初期作品「西銀座駅前」。いうまでもなく、フランク永井の大ヒット曲「西銀座駅前」にあやかって作られた映画。 営団地下鉄丸ノ内線「西銀座駅」が開業したのが直前の1957(S32