「行旅死亡人」とは、病気や行き倒れ、事故などで死亡しても本人の身元がわからない事案のことを言う。これは住いを構えてそこで亡くなっても、戸籍や住民票が無ければ同じ扱いになるそうです。
2020年6月、大阪市のとあるアパートで孤独死した年配女性。彼女は自分の身元を証明するものが何も無く戸籍すら不明。部屋には長らく愛用していたらしい熊のぬいぐるみと、3千4百万円もの大金が遺されていた。そして片手はかつて何かの事故に遭ったのか指が全く無い・・・。
発見された写真の数々でかろうじて彼女の在りし日の姿が伺えるが、そこには謎の男性のも数枚。
官報でこの「事故」を知った2人の新聞記者はこの謎につい大きな関心を寄せ、彼女の正体を明かすべく捜査取材を開始するが、それはまさに千切れそうな細い糸を手がかりに、未知の過去の海に漕ぎ出すような困難極まりない作業でした。
しかしそれでも懸命に調査によって彼女が何者であるのかが徐々に明らかになっていく。本書の前半の読みどころは実録ミステリーを思わせるその過程。何しろ身元を隠ながら多額の現金、ということから北朝鮮の工作員ではないか?という疑惑する浮上するほどなのだから。
プロの記者らしい取材スキルと熱意に惹き込まれながら、とうとう彼女の氏素性と前半生が明らかになり(とても珍しい苗字が糸口になった)、郷里を突き止め、幼なじみとの対面取材も実現する涙ぐましいクライマックスと思いきや、そこにはとうとう解明されることのなかった彼女の孤独な後半生が哀しげな澱みとなって心に重く残ってしまう。
しかし、それこそが彼女が守ろうとした何かの矜持だったのか?映画『PERFECT DAYS』の平山さんのように、いつの間にか、あるいは半ば望んでそういう人生を選択した人は誰にも明かさない、明かしたくない心中があるのかと。
2人の記者の尽力によって、その身元と前半生が明らかになったことが、せめてもの手向けなったのでしょうか・・・?
人生とは?縁とは?というのを考えさせられます。蛇足ながら自分もまた独りが好きな人間だし(苦笑)、身内のひとりをそうした形で亡くしているので、なおさら考えさせられるところの多い本でした。
一見ライトノベルかと思うような表紙の装丁もこもごも物語るところがあって、読み終えてからの痛切さもひとしお。
レビュー評価は★★★★
本書は、もともと新聞ウェブでの連載記事だったのが大きな反響を呼び、それを加筆して書籍化したもの。
2023年度の「広島本大賞ノンフィクション部門」受賞作。
そんな賞があるのを初めて知って驚きましたがなぜ広島か?というのは読んでもらえればよくわかります。
〈著者である2人の記者のインタビュー記事〉
https://bunshun.jp/articles/-/69963?page=1
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