☆洋ちゃんの読観聴 No. 1666
村上春樹 「街とその不確かな壁」
一年前に刊行された村上春樹の長編。
だいたいのあらすじを紹介しよう。
主人公の男の子は17歳、そのガールフレンドは
一歳下の16歳。二人ともお互いのことを好き合うが
二人は別れてしまう。彼女は、自分は本当の自分で
ないからと言っていた。
その後月日は流れ男の子は中年の男性となっていた。
書籍の販売を行う企業の社員だ。彼女と別れてから
女性との付き合いがなかったわけではないが、
彼女のような女性は現れず、ずーっと独身だ。
そんな彼が、ある日突然別の世界に行くことに。
高い壁に囲われた小さな町。そこで、彼は図書館に
勤務する。仕事は古い夢を見ること、それだけ。
その図書館に勤務する女性は、彼の昔の彼女だ。
だが、彼女は現世界での自分自身を覚えておらず、
彼のことも知らない。
彼は、その街にとどまるか元の世界に戻るか迷う。
いったん留まることを決意するが、最終的には
元の世界に戻ってしまう。
元の世界に戻った彼は、もう昔のような生活は
おくれない。会社をやめて田舎の図書館の館長に
なる。そこで老人の前館長に会うが、彼は
言わば幽霊で現世界の人間ではなかった。
さらに彼は毎日図書館にやってきて読書をする
男の子に出会う。本来なら高校に通っていなければ
ならないのだが、家族を含め人との接触を拒んで
いる。社会性のない人間だが、特殊な能力を持ち
あわせていた。
これはパラレル・ワールドのお話である。実の
世界と魂の世界。人は死んでも魂は残る、という
見方がある。これまで多くの作家が、これを
モチーフに作品をつくってきたが、本作品もそうだ。
今世の中で生活している自分は�猖榲�の”自分なのか、
それとも魂ないし意識をもっている自分が�猖榲�の”
自分なのか？
そして、自分が何者なのかを見つめるときに、
他者はどのような役割を果たすのだろうか？
実に村上春樹らしい作品であると、僕は思う。
著者自身のあとがきによると、この小説の核と
なったのは1980年に文芸誌に発表した作品だ
とのことだ。彼のデビュー作は1982年だから、
その小説が事実上彼の処女作ということなのだが、
その内容に納得がいかず単行本としては出版
されなかった。
いつかはきちんと世に出したいという思いが
40年の歳月を経て実現したわけである。
それだけ彼の思いが詰まった作品なのだ。
繰り返しになるが、村上春樹らしい作品である。
彼の作品をずーっと読んできた読者にとっては
新鮮味に欠けるかもしれない。とは言え、
なかなかの出来栄えと僕は思う。
また、これから村上春樹を始めて読もうという
人にもおススメだ。（彼の作品は現実の世界
とは異なる世界が現れるが、その中では本作品は
分かりやすい、ということで勧めたい。）
ログインしてコメントを確認・投稿する