昭和57年1月、浪人してるので大学1年の終わり。タイトルに反して成人式は欠席。その日は明治大学に進んだ親友に会うため東京まで遊びに。いまはどんな括りかわからないけど、当時の成人式は小学校の校区単位。つまり小・中の同窓生とほぼ5年ぶりの再会。年齢を重ねた大人の5年とちがってあの年ごろの5年間というのは大きい。
欠席の理由はヘンに大人ぶる連中と会うのがわずらわしかったから。いま思えばささいなこと、髪にパーマを当てたり、酒やタバコを嗜むことを自慢する連中、それって内面は子どものままってことの裏返しちゃうのと思っていたので。令和の時代でもそれは変わらないのか、新しい学校のリーダーズが大人ぶるむなしさを歌っている。
そのぶんもっと堅苦しい成人式を経験。当時KDD(国際電信電話局)短時間制職員の身分でもあった私は社内成人式に出席。ほとんどが大卒入社の組織なので該当者は少なく、会食のさいにはちょうど目の前に局員数百人を束ねる局長と副局長。その時点で人生1,2の高級料理だったと思うけど、緊張のあまりお味の記憶はまったくなし。
ほとんどの男性にとって初めてスーツを着る機会となる成人式(上述したような連中は高校卒業式の時点でスーツを着用していた)、私自身は就職活動の季節が来るまで、自前のスーツに袖を通すようなことはいっさいなかった。それでいてスーツ生地やスーツそのものを輸入する仕事に就くのだから、人生わからないものだと言うことです。
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