草食系はもうごめん、やっぱり肉を食べたい。それも豚や鶏ではなく牛肉だ。CMで美味そうなステーキや焼肉を見るとたまらない。だいたいガマンばかりしていると精神衛生上よくないし、基本的にお肉はエネルギーのもとだ。なんとかならないものか。そうそう「す
きのうは母親のことを書いたから、きょうは父親のことを書かないと、と思ったらきょうは父親83回目の誕生日なのでありました。家族そろってのお祝いの会は私の快気祝いも兼ねて来月15日に決定しております。実際のところ両親は実にマメにお見舞いに来てくれま
きのうは退院後初めてあべの界隈へ。しかも区役所経由で歩いて。TSUTAYAやらタワレコやらBOOK OFF、ウロウロしたのでけっこう疲れました。何度かお茶してしまったし。ランチは自然食で人気のお店「サンミ(sangmi)」にて。玄米ごはんと野菜中心、質的にはと
病室は4人部屋。私が一番若輩者、そして70代のかたおふたりと60歳手前のかたおひとり。ふだんはそれぞれ仕切りのカーテンをしめきったままで特別な交流もなく、部屋を出て廊下や談話コーナーですれちがってもお互い目礼をする程度であった。むしろ面会時間が
◎ジャルダン (阿倍野・松虫)あの朝、散歩中に胸に痛みをおぼえて飛びこんだ松虫の交差点にあるベタ喫茶。もともと週に一度ぐらいの割でお邪魔していた行きつけでした。だから退院後、初めて外出したときにはここをめざして歩きました。もちろんもう胸が痛
きょうで退院後ちょうど一週間。友人・知人・両親、連日のように会っていたせいか、さすがにちょっと疲れ気味の週明け。結局きょうは夕刻大雨に降られる直前まで自宅近辺をウロウロしただけ。「モスバーガー」に入ってウーロン茶のみ。そう、以前はそこに加え
きのうはエラそうに自分のストイックな食生活のことを書いたけど、問題はこれをいつまで続けれるかということですね。だってまだ退院して一週間にもならず、ほとんど身体を動かさず、外出したところで自宅近辺だけ。そりゃ誰だって少ない分量かつ野菜中心の食
きょうで退院後5日目、まだまだ自分の身体じゃないような気がして。病室にいたときはやはりどこかそこが“ヨソ”という緊張した気持ちがあったのでしょう。自宅に帰ったことによってホッとしたのか、全身の筋肉が緩んだような感じです。とにかくいまは何をす
口には酸素マスク、首と左手の甲からは点滴のパイプ、左胸には心臓の働きを助けるハートワイヤー、胸部3か所から心電図モニターにつながるシールド、そして挿入時の激痛を一生忘れないであろう尿道からのパイプ。胸と左前腕と左ふくらはぎには術部をケアする
「hayamiさん、無事手術は成功しましたよ〜」できすぎた話かもしれないけど、この主治医の声で私は長い眠りから覚めたのである。「まる一日経ちました、いまは朝ですよ〜」その言葉に私にはそれが手術を開始した5月30日の翌朝ではなく、さらに1日経過した6月1
私からの電話に、おそらく天地がひっくり返るくらい驚いたであろう嫁ハンがA田クリニックに駆けつけるまでの時間を利用して、私はA田先生から狭心症および心筋梗塞のあらましを聞くことになった。でもあまりにも急なことなので、なんだか他人事のよう、命にか
実は半年前ぐらいからその予兆はあって、地下鉄ひと駅分ぐらい歩くとかならず左胸が重く感じられていた。でも動悸というほどのものではなかったし、2〜3分ジッとしていればおさまった。まあ運動不足とトシのせいかななどとその兆候をまったく無視していたのだ
20日ぶりの帰還、無事退院しました!いまこの日記は自宅PCより書いております。入院中はいろいろとご心配をおかけしました。そして毎日の日記には実に多くの励ましのコメントをいただき本当にありがとうございました。どれだけ温かいお言葉に勇気づけられたこ
あす午前中の退院を控えてもうすっかり気持ちはシャバモード、これからは自分の身体をどうプロデュースしていくのか、そればかり考えております。でも退院して一番先にしたいことといえば、とりあえず自宅でゴロゴロすること!突きつめて言えば自分の布団の上
左の肺につながったパイプを脇腹から出して、溜まった水を採りながら過ごす一夜、心臓そしてここにきて肺までもが問題を抱えた人間がジックリと眠れるわけがなく、不安におびえたまま朝を迎えたのでありました。ところが朝食後、担当の先生はあっさりと「パイ
神様はなかなか許してくれません。油断大敵、大どんでん返し。退院に向けての最終ジャッジ項目だった今朝の採血の結果も良好で、週明け月曜日退院の線で順調に話を進めていたところ、最後のおまけ的なレントゲン検査で左の肺にかなり水が溜まっていることが判
きのうのカテーテル検査の疲れがまだ残っていて、午前中はヘタレたままほとんど横になっていました。点滴もまだ継続していましたし。でも午後のリハビリがかえって身体をスッキリさせてくれたような感じです。きょうのプログラムはウォーキング・マシーンを使
最後の関門、心臓カテーテル検査も無事終わりました。検査といっても本格的な手術、局部麻酔をした上で右脚の付け根から管を通して心臓周りの血管の様子を診るという2時間あまり、私は手術台の上でずっと目を閉じているだけでありました。でも本当にしんどか
元気になってくるときっちり真夜中にハラが減ってくるから現金なものです。朝・昼食の分量はちょうど手ごろでいいのですが、夕食は味つけうんぬん以前にとにかく絶対量が少ない。かって無茶をしていたころの夕食からメインディッシュだけをそっくり抜き去った
経過は引き続き良好です。今日から本格的なリハビリが始まり、まずは自転車をゆっくりと10分間漕ぐところから。術後初の心臓エコー検査も非常にいい結果が出たようです。午後からは西病棟15階にお引っ越し。ずっと居た9階循環器内科はベッドがいっぱいになっ
術後しばらく“溜めていた"私、1回目のそれはベッドに横たわったまま足をひらいてヒザを立てた姿勢で、お尻のところに洗面器のようなものを充てがわられ、さあ思いっきりというものでした。ところが排出量がハンパでなくかつゲル状の物体を撒き散らしたみたい
東病棟9階912号室の窓は南向き。さぞかし阿倍野区&西成区が一望、と思いきや再開発地区の高層住宅群に視界がさえぎられてそれほどの眺望でもないのです。いやむしろ殺風景といったほうがいいかも。でも間違いなく眼下にはつい先日「天王寺・あべのツアー」で
術後初めて冷たい水がノドを通ったときの感激はおそらく一生忘れないでしょう。何かがノドを通ったのは3日ぶり。それまではやたらと口が乾いてもせいぜい脱脂綿で唇を湿らす程度だったのですから。そして次に欲しくなったのがオレンジジュース。ポンジュース
この病棟には30数名ものナースがいるうえに、昼夜で担当が交替するものだから、単純計算でローテーションが一巡りするのに2週間以上かかります。実際彼女たちのお顔を覚えるなんてことにはほど遠く、すっかり元気になった今日あたりになって初めて「あ、ひょ
病院のベッドで知る有名なかたの訃報というのは、何やら特別な重さを感じてしまいます。それはやんごとなきかたのものであっても、ベテランミュージシャンのものであっても。そういえば私が川村龍一氏の訃報を知ったのは、徒歩中に胸の痛みを覚えてとりあえず
身体に絡みつくパイプが鼻呼吸だけの1本になるやすこぶる回復力。おとといあたりの自分とはまったく違うことに気がつく。寝返りも自由だから眠りも深くなったし、初めてトイレに行けたし(排尿はすべて採取しないといけないので結局はシビン持参)、ようやくシ
夜は眠れず、朝食を夢うつつで摂るという日々が続いております。グッスリ眠るのは午前中という悪循環です。ヘンな表現ですが、“夜の闇が怖くて寝れない”という感じです。真っ暗な中でひとり咳き込むときの恐怖感は相当です。そんな中、きょう午前中はようや
きのうの日記には70を超える多くのコメントをいただき、ベッドの上で感激にふるえておりました。本当にありがとうございました。しかしこうやって瞬時にメッセージをいただけるのですから携帯というかmixiというかこの便利さには感謝です。さて術後の経過良好
私はいまこの日記をあべのの大阪市立大付属病院のベッドの上で書いています。狭心症ということで、5時間の大手術となりました。先日、天皇陛下がお受けになられた手術と同じ内容のものです。心筋梗塞一歩手前、危うく命を落とすところでした。術後の経過は良