いまこの時期に喪中のお知らせが届くのは、父親あてよりむしろ親の世代を亡くした我々あてのほうが多い。ふだんからこちらに転送されるよう手配している父親あてのハガキには、”賀状を出すのは昨年限りにしたので、来年以降いっさい要りません、よろしく”といった文言をしたためた高齢者からの”賀状止め”のお知らせが目につく。
父親はまだまだ年賀状にこだわりがあるらしいが、一昨年までは70枚あまりを自身でこなしていた宛名書き、ことしはどうするんやと何度も尋ねるもそのたびに答えが違ってくる。たぶんこれは自信がないのだろうと勝手に判断、今回も私がすべて担当することに。全体のレイアウトや辰のイラスト探しなど、印刷に関しては嫁ハンの担当。
どちらにしてもいまから段取りをすすめても、結局のところ投函は年末ギリギリになるのが父親発信の年賀状。きのうの面会では手順を箇条書きにした紙をアクリル板越しに見せながら説明したが、はたしてどこまで理解したのやら。耳はすっかり遠くなってしまって、センテンスの長い会話になると途中からさっぱりわからないという。
とりあえず来週は母親の誕生日(存命なら90歳)ということで、嫁ハンと3人でひさびさの外食。寿司や鍋物はどうかと勧めたが、父親の希望は大阪狭山の鰻の銘店「神吉」。この日までに出したい年賀状の相手をしぼりこんでおけと言っておいたが、おそらく70枚そっくりそのまま宛名書きとなるだろう。年の瀬のひと仕事が待っています。
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