チャン・リュル監督が福岡市主催の「福岡アジア文化賞」を受賞。
その記念として、まさに福岡市をロケ地とした映画「福岡」の上映と、監督と、日本映画大学の学部長・石坂健治氏との対談が、映画館「中洲大洋」で行われました。
わたしも拝聴しに行ってきました。以下、お話の内容を、わたしのメモをもとに書き起こしています。
ちなみに、チャン監督は中国語で話されていて、通訳が入りました。
映画「福岡」については、2019年の「アジアフォーカス・福岡映画祭」で、また大阪のミニシアター「シネ・ヌーヴォ」でも見ているので、3回目です。
(「福岡」のあらすじと感想)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1973034402&owner_id=5348548
<チャン>こんな遅い時間に「福岡」を見て、残って私の話を聞いていただき、ありがとうございます。2007年からほぼ毎年、映画祭に招待されて福岡に来るようになり、福岡が舞台の映画を作らせていただき、福岡とのご縁が大変深いです。
私は映画をひたすら作っていく人間でしたが、アジア文化賞をいただき、自分の仕事が文化交流に関わっているということで嬉しいです。
<石坂>福岡の映画を作ったから、監督が「福岡アジア文化賞」を受賞したわけではないんですよ(笑)。でも、福岡なくして、今ここに監督はいなかったろうと思われます。
ひとつひとつの作品が、映画祭などで評価されたのとは違い、業績全体に授賞する賞については?
<チャン>非常にうれしく、恐縮です。私が努力したのが評価されたと思っています。
<石坂>映画「福岡」は、酔っ払い映画というか・・(笑)。男たちはグズグズ、女たちはキッパリ。キャラクターが際立ちますが、それは監督の人生観?
<チャン>東アジア地域において、男の人は酒を飲むのが好きだと思います。昼間は責任感を持ち、仕事をしている。でも仕事をしているときとそのあとは全く違う、という感じ。
私もその中の一人だから、仕事のあとお酒を飲んだ男の人たちを見たかった。
しかし、東アジア、ひいては世界中の女性たちは勇敢で、前に進もうとしている。女性たちを見習い、勇気をもって生きたいな、と思っています。
<石坂>監督の映画にはウジウジ酔っ払い男と、シャッキリとした女というのが出てきますね。
<チャン>私自身の家庭もそうでした。父より母、私より姉のほうがしっかりしていました。
<石坂>授賞理由は、「東アジア映画」としか言えない作品を作っている、ということがWEBに書かれています。
チャン監督作品は国境を越えた趣があるのが、ユニークだと思います。日・韓・中の人々が、通訳なしで通じてしまっている。多言語演劇を思わせます。
<チャン>ことばは、コミュニケーションの手段ですが、どの言語を使うかによって関係が出来てしまう気がする。力をもっている言語は発達し、力のない言語がなくなる事態になっている。
私は現実的な人間ですが、心の中ではユートピアを持っている。それぞれ美しい言語を持ち、通じ合い、大事にしていく。わたしの理想、ビジョンを映画に盛り込んで実現しました。
昨晩、言葉は通じ合わないけど、仲間とお酒を飲み、なんとなく通じた気がします。
<石坂>監督は、中国語、韓国語の使い分けはどうしてますか?私の友人のフィリピンの監督が感情表現はタガログ語、論理的な話をするときは英語だそうです。
<チャン>私もその監督さんと似たところがあります。
中国語の表現やことわざを、中国人はすぐ笑ってくれるし、理解してくれます。
また、韓国語を話すと、韓国人は一気に親近感を持ってくれます。
<石坂>映画の中でソダムが父親について「いるような、いないような・・」と答えるセリフがありますが、これは監督の映画によくある表現のような気がします。
<チャン>生活に対する観察からきたセリフだと思います。
目が見て在れば「ある」、見えないと「ない」。その中にたくさんの接点があるんじゃないかと思います。
今、私たちが会場にいるので「ある」。でも、私たちの話が終わったら、みなさんは帰って「ない」になる。
でもみなさんの記憶の中に存在しているのです。
たとえば、大事な人が亡くなって、それは存在しないのかというと、感情や記憶が残っている。
私たちは映画を作り、記憶をなるべくのばしていく、そんな仕事をしています。
<石坂>映画を見ながら「記憶と喪失」という言葉が浮かんだんですが、まさに監督から「記憶」という言葉が出てきました!
<チャン>私たちの暮らしはプレッシャーを感じ、変化が大きく速く、それに追いつけないと負けてしまう、という状況になっています。
私はソウルで別の作品を作りました。「フィルム時代の愛」です。ソウルで撮影しましたが、病院が取り壊され、百貨店になると言うので、許可を得て撮影しました。病院に残っていた看護婦長さんが我々にっとてもよくしてくれました。
美しい映像ではないので彼女に怒られるかな、と思いましたが、公開後彼女から手紙を貰い、監督さんに感謝したい、この病院で長く働いていたので、青春時代のわたしの記憶を残してくれました、と。
<石坂>あれも、「ある」と「ない」のあわいの話ですよね。
映画「福岡」もそうですが、現実にはないことが、少しずつ起こってますよね。
ここからは、会場の観客からの質問もまじえてですが・・ファンタジーや幻想について、どうお考えですか?
<チャン>ファンタジーの中に現実の一部が、現実の中にファンタジーの一部が存在してるんではないかと。
小学校の頃、先生がいろんな話をしました。聞きながら3分の1だけ話を聞いて、残りは放課後はサッカーをしたい、映画に行きたい、と思っている。これこそ、生活の質感だと思っています。
<石坂>ジェイムズ・ジョイスに近い気がしました。
監督の場合、尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩がよく映画に出てきます。その思いを教えていただきたい。
<チャン>現実と幻想の間に橋渡しが必要と考えました。詩にはリズムがあります。
それが、現実から幻想への仕掛けになります。
尹東柱は、尊敬してやまない大好きな詩人です。
私と同郷で、彼は延世大学の前身の学校に通ってましたが、私も延世大学で教鞭を執ったことがあります。
彼を尊敬しているのは、母国語をひじょうに大事にした、ということです。
作品を見ますと、政治的なものはなく、抒情詩人と言われ、温厚な感じです。
尹東柱は朝鮮語で詩を作り続けました。これがけっきょく罪に問われ、福岡の刑務所で命を落とした。それを考えると、美しい私たちの言語を使い続けるのが大事だと思います。
<石坂>映画にBGMがほとんどないのは?
<チャン>映画の中で音楽を使って成功した例は少ないと思います。
音楽で観客の感情を高める目的で使われている。
坂本龍一さんも「映画の中で、出来る限り音楽は使わない」とおっしゃってました。
<石坂>劇伴で、情緒的に観客を誘導するようには作らない、ということですね。
映画「福岡」のロケ場所はいわゆる観光名所ではなく、街角ですね。決め手となったポイントなどを教えてください。
<チャン>観光地は美しいのですが、いろいろ飾っている、というところがある。もともとの生活の質感がない気がする。
一般の人たちが持っている感情を体験できる空間、それが質感だと思っています。
正しくその空間を選ぶと、化学反応を起こしやすいと思います。
<石坂>映画には電波塔が出てきますが・・
新作「白い塔の光」も、塔ですが。
<チャン>同じ塔ですから、関係あると言えばあります。
生活が辛いとき、苦しい時、人々は上を見上げ、なにかシンボル的なものがあれば、方向性を見出す、やすらぎをもらえるのではないかと思います。
<石坂>これから山形のドキュメンタリー映画祭にチャン監督が審査員で行かれ、「白い塔の光」が公開されるんですよ。ぜひ見たい方は、山形まで行かれてみてください。
今後、福岡を舞台に、また映画を撮る予定は?
<チャン>「次はここで撮ります!」という話は信じないでください!(笑)。
でも将来的には、いつか必ず、映画を撮りにくると思います。
<石坂>いやぁ・・でも、映画を撮るのは大変なんですよ。「福岡」は撮影自体は、10日間でちょうど桜が咲くころに当たりましたが、企画から完成まで10年かかっています。
<チャン>みなさんの拍手、石坂教授の励ましをいただいて、実現させたいです。
(ここで、映画「福岡」に出演していた人々も会場に来ていて、紹介される。映画祭スタッフがエキストラで、映画のプロデューススタッフが飲み屋の客として出演していた)。
<石坂>これこそ、現実と幻想、ですね。
もうなくなってしまった、アジアフォーカス福岡映画祭もそうだし、チャン監督の「柳川」も、コロナ禍の直前に撮影していて、ぎりぎりセーフですね。
ぎりぎりセーフ、といえば、この映画館「中洲大洋」も、来年3月末で閉館ということで、まさにそう。
こうしてここでイベントが出来たのも、縁があったとしか思えないことですね。
<チャン>この映画館が来年、取り壊されることを知りましたが、映画館の記憶と共に、末永く、また映画館として再生できるよう、願っています。
そしてまたアジアフォーカス福岡映画祭が復活出来ますよう、祈っています。
<石坂>アジアフォーカス福岡映画祭にお呼びしたことが縁で、チャン監督とのご縁が出来たと思います。
<チャン>この記憶を大事にしていきたいです。
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