タイトルは坂本龍一氏が好んだ一節。昨夜飛びこんできた悲しい知らせのあと、多くのマイミクのかたがそれぞれにふさわしい切り口で追悼の思いを日記やつぶやきにしていた。それはまさに彼の類いまれなる才能や多彩な活動を物語るかのようだった。総括的なことは各媒体が報じていていまさらなので、ここではごく個人的なことを。
こちらが高2生だったとき、細野晴臣と高橋幸宏が何やらまた新しいことを始めると音楽雑誌で知った。そこまでの彼らのキャリアを踏まえると、どうせまた長続きせず一時的なものだろうと勝手に思った。ただそのとき聞き慣れない名前がひとり加わっていた。やがてその新しいことが大ブレイクしたのはこちらが予備校に通っていたころ。
YMO散開ライブには駆けつけ、ソロ名義のコンサートには90年代に何度か。かってはヤマハ音楽教室経由のクラシック女子だった嫁ハンと行くライブの落としどころとなったのが彼。もちろん嫁ハンをムーンライダーズのライブに引っ張りこんだこともあるし、こちらもクラシックのコンサートにわざわざお邪魔したこともあるけど。
音楽活動をすべからく追っていたわけではないし、愛聴盤といえば戦メリのサントラという超ベタなところに着地する。大きな喪失感と語った周辺諸氏の弔意が多いなか、芸術家としては実に見事な生きかただったと表現した浅田彰氏の言葉が印象的だった。ことし何度目の追悼日記になるかわからないけど、謹んでご冥福をお祈りします。
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