明治から昭和に至る大阪に関連した日本画、50名を超える画家による約150点。なかほどでしばらく続く、当時の船場商人が自邸座敷で宴を催すさいに依頼した、床の間の掛軸に描かれた山水画よりも(=請負い画家たちを“船場派“と称す)、やっぱり当時の市民社会の断片をとらえた作品、とりわけ女性を描いた絵画が興味深かった。
”大阪の“と枕詞がついた先入観のせいか、北野恒富をはじめとする画家が描く女性には、いわゆる”シュッとした“顔立ちは少なく、(そもそも日本画の女性はそうなのかもしれないが)みな下ぶくれでおちょぼ口の愛らしいファニーフェイスばかり、私はひとりひとりに似よりの上方女性芸人を当てはめていったが、ここでの詳細は省略。
菅楯彦という画家の作品に注目。「職業婦人繪巻」では電話交換手・美容院の髪結い・カフェー女給と当時(100年前!)最先端で働く女性たちを描いたり、「大阪文人図」では近松門左衛門や井原西鶴など、大阪に縁のある文化人をずらっと並べたり、何やら大阪のガイドブック的作品群、まあいまで言うLマガジン社みたいな役割かと。
そしてかっての大阪人にとって、やっぱり天神祭というのは大きなイベントだったんだなとあらためて納得。大正から昭和の時代になると、新聞・雑誌の挿し絵と表現の場が広がる日本画家たち。直近の作品はなんと昭和48年創作のものだったのでビックリ。会期は4月2日(日)まで、前後半で展示替えがあるみたいです。
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