かって同世代男性たちのあいだで盛り上がった話。小学生のころの仲良しグループにおけるキャラクターバランスって、ドリフターズがそのまま反映されていたなあと。そうそうオレはあのころ加藤茶だったと、大人になったいまでもひょうきんな奴、オレは荒井注だったかと無愛想な奴、たぶんオレは高木ブーだと物静かで朴訥な奴。
私はいかりや長介6割と仲本工事4割のブレンドだったかなと答えた。そう、あのころはそこそこリーダーシップを発揮していたように思うし、けっこう真面目で加藤茶的な奴からは一歩下がったところにいたような。まあこれはあくまでキャラの問題、高木ブーと答えた奴はけっしてデブにあらず、そして私は運動がまるっきり苦手です。
「ドリフターズとその時代(文春新書)」によると、1972年2月、人気絶頂ドリフターズにとって結成以来初の長期休暇。いかりや長介はタイへ荒井注はグアムへと旅行、高木ブーは鼻の手術で入院、加藤茶はデートを重ねるなか、社会的意識の強かった仲本工事はひとりクルマを走らせ、緊迫続くあのあさま山荘近くまで駆けつけたという。
この書でもっとも興味を抱いたのがこのエピソード、いかにも文武両道に長けていた彼らしい行動。さて話を最初にもどすと、私は年を重ねるごとにいかりや長介的部分が退化、かといって仲本工事的な行動力もないなあというところ。謹んでお悔やみ申し上げます。葬儀はやっぱり”体操の礼”となるのかな。安らかにお眠りください。
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