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2022年07月05日00:55

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1分小説『哲学する調味料』

「ところでさぁ――」
 調味料ラックで、醤油が話しかけた。
「お前らって、”柚子”なの”胡椒”なの?」
「え?」
「え?」
「だからさぁ、お前らって柚子胡椒なわけじゃん?結局、柚子なの?胡椒なの?」
「そ…それは――」
 言いよどむ柚子、いきり立つ胡椒。
「決まってるだろ!”柚子胡椒”だぞ!つまり柚子入りの胡椒、そういうことだろ?違うか?」
「なるほど」
 頷く醤油。柚子が反論する。
「待って!納得いかない。それじゃあ私はただの風味付けってわけ?違うでしょ、柚子と胡椒、私たち二人で一つの存在、貴方一緒になるとき私にそう言ったじゃない?!」
「言ったよ。確かに言った。でも現実を見ろ!柚子胡椒って呼ばれることはあっても胡椒柚子って呼ばれることは無い!これが現実だ」
「さっきからやたら語順に拘ってるけどそれ意味あるの?」
「あるよ。つまりこうだ。”石焼ビビンバ”は石焼じゃない。ビビンバだ!昆布出汁は昆布じゃない。出汁だ。ならば必然、柚子胡椒は柚子じゃなくて胡椒ということになる。違うか?」
「……じゃあ私は何なの?貴女にとって、私って何なの?」
「さっき自分で言ってたじゃないか?!”風味付け”だって」
「酷い!”風味”って、それじゃあ私の実体が無いみたいじゃない!」
 調味料ラックが揺れるほど、やり取りが過熱してきた頃合い、見かねてマヨネーズが割って入る。
「まぁまぁお二人さん落ち着きなさい。ちょっと私の話を聞いてくれ。いいかい?私はね、マヨネーズなんて呼ばれちゃあいるが、原材料として、卵の黄身と油と酢の3つで出来ているんだ。知ってたかい?」
「……」
「……知りませんでした」
「そうかい。まぁそれはいいとして、さっきお前さん方、自分たちが柚子か胡椒かで揉めていたね?もしもだよ。もしも、お前さん方みたいに私の中で葛藤が沸き起こり、私は一体””卵の黄身”なのか?”油”なのか?それとも”酢”なのか?なんて考えだしたらどうなる?それぞれがバラバラに自己主張し始めたら?調味料としての一体感が損なわれてしまうんじゃないかな?つまり調味料として存在する意味がなくなっちまう――そう思わないかい?」
「……ええ」
「……仰ることは分かります。一理あるとは思いますがでも――」
「納得いかないかい?」
「そうですね。やっぱり僕は僕、胡椒だという誇りがあるんで」
「そうかい。ちなみに醤油さん、あんた、自分のことどう思ってる?」
「え?俺ですか?俺は醤油ですよ」
「分かってるよ。でも考えてみてくれ。そもそも”醤油”って何だい?さっきの胡椒さんの言い分じゃああんた、油っていうことになるけど、どうなんだい?」
「あ、油?俺が?いやいやそんなわけが――」
「そうかな?ところで醤油さん、あんたの原材料は、大豆・小麦・トウモロコシ・砂糖・グルコース・塩だ。知ってたかい?」
「グ、グルコースってなんです?」
「そういうこと。皆、ほとんどの調味料が、自分の原材料さえ知らない。でもそれでいいんだよ。柚子さん、胡椒さん。調味料は皆、単体では存在できない。調味料だけじゃない。この宇宙を構成する森羅万象、あらゆる物質は、様々な分子、原子の集合体だ。呼び名なんてどうでもいい。我々は皆すべて、”一であり全なる存在”なんだ」「一であり……」「全なる存在……」「そうだ。これは、前6世紀のギリシアの宗教詩人クセノファネスの『すべては一であり,一は神である』という哲学観と根本を同じくする考え方で――」
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 頭上から声がする。
「うーん、今日は醤油マヨネーズにしちゃおっかなぁ♪」
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