2019年から放送されているBS11の歌謡番組「八代亜紀いい歌いい話」で、先日再放送されたものがあります。2019年10月29日に放送された「ムード歌謡特集」です。
「ムード歌謡」と名付けたら最初に思い浮かべてしまうのは、フランク永井です。フランク永井のどんな映像がでるのか、どう紹介されるのかは、いつも気にしているのですが、その期待にどう応えてくれたのでしょう。
このコラムで幾度か記しているのですが、残念、やはりゲストの歌唱と、音声だけの扱いでした。それでも、最初にフランク永井の名が紹介され、当日ゲストの中条きよしと増位山太志郎が「有楽町で逢いましょう」を歌いました。
この日の番組では、いつもとやや違い、少し力が入っていて、ムード歌謡の生い立ちから現在までを、きちんと掘り下げています。ここでも、最初にフランク永井の「君恋し」が、本人の映像ではなく、写真を出してですが、本人の歌唱音声が流れました。
どうも、番組作成の予算のせいか、何かコンセプトがあるのか、ゲスト以外の歌唱映像は流さないのが流儀のようです。
ゲストの中条きよし、増位山太志郎、竹下景子のムード歌謡とのかかわりとか、デビュー曲にまつわるエピソードなどを紹介されました。
また、ムード歌謡と言えば、ムードコーラスが欠かせません。「ムード歌謡名曲物語」では、和田弘とマヒナスターズ、ロス・インデオス、黒沢明とロス・プリモス、鶴岡正義と東京ロマンチカ、内山田洋とクールファイブなどの活躍を紹介されました。
「ムード歌謡」というジャンルは最初からあったわけではなく、やはりこれはフランク永井の恩師吉田正の功績が大きいと言えます。
戦後の歌謡史は、米軍の占領下で、基地内のクラブでのジャズ演奏がベースにあるのは避けられませんでした。日本の演奏家はほとんどがそこに活動の場を持ちました。だが、朝鮮戦争のあたりから急遽様相がかわり、キャンプ地での仕事が激減します。
街は戦争特需に沸きますが、夜の酒場、憩いの場所で流れる曲の多くは、ジャズとひとくくりにされた洋楽ばかりであることに淋しさを感じた吉田正は、このような場で流れる日本の曲を作りたいと奮起します。
それには、都会の夜のイメージに合う歌手がいないかと密かに探し、目をつけたのがフランク永井でした。世は高音ブーム、故郷を懐かしがるブームのなかで、低音の歌手、都会的なハイカラな歌手、それにふさわしいのはフランク永井の声だと判断しました。
ジャズ歌手一本を目指していたフランク永井を、時間をかけて説き伏せ、曲を用意した。「場末のペット吹き」でした。これは、聴いたらわかりますが、吉田正の盟友であった俳優の鶴田浩二を念頭にしてあたためた曲です。
すばらしい歌唱が完成しています。続けて「東京午前三時」を歌わせます。私は個人的に大好きな曲です。この歌をラジオで聴いたときの都会のイメージの広がりは、今でも忘れません。
田舎の少年に与えた都会への強烈な印象は本物でした。吉田正と絶妙なコンビを誇っていたのは作詞家の佐伯孝夫です。彼は関西から東京のど真ん中に進撃してくるという百貨店そごうのオープン・キャンペーンの募集を見逃しませんでした。
そこでできたのが「有楽町で逢いましょう」です。これが、フランク永井のささやくような歌唱を添えて、一気にラジオで爆発します。これで、人気は全国区になります。吉田正、佐伯孝夫、フランク永井の意図は世に受け入れられました。
ムード歌謡のスタートはこれだったと言っていいのではないでしょうか。
こうして石原裕次郎を連れ込んだ「低音ブーム」が始まります。吉田正は追い打ちをかけるようにやったのが、和田弘とマヒナスターズへの歌の提供です。「泣かないで」は大ヒットします。今でも多くの歌手からカバーがでています。ここから、多数のムード・コーラスが生まれます。同時に、多くの作詞家、作曲家がこの分野に参入します。
現在はムード歌謡、ムードコーラスの世界はどうなっているのでしょう。わずかの歌手が頑張っていますが、フランク永井の活躍していた当時のような盛り上がりは、昭和の時代とともに薄れ去った気がします。
だが、ムード歌謡、ムード・コーラスについての番組は最近でも続いていますので、それに刺激を受けた若い世代が、新たな時代のムード歌謡、ムード・コーラスが出てくるのを期待したいと思います。
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