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2021年08月11日13:05

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3分小説『ぽるなれふ』

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 この世で苦手なものが三つある。一つは黒くて大きなゴキブリ、二つ目は茶色くてちっちゃなゴキブリ、三つめは海外にいる三葉虫みたいなゴキブリ。
 昨夜、足元を黒い影が過った。思わず叫ぶ、歯ブラシがぶっ飛んでいく。
「出た……ついに出た」
 それは小規模ながら、間違いなく世界の終わりであった。引っ越してから今日まで、幻影に脅かされることはあったが、目視したことはなかった。
 この部屋には出ないのだ――根拠なくそう信じていた、いや自分に言い聞かせていた。でもマジノ線は昨夜未明突破された。平穏はもう二度と訪れない。戦争が始まったのだ。やつらとの、果てしない闘い。俺が赤い血に塗れて死ぬるか、やつらが緑の血を噴き出して潰れるか、共存はできない。握手をするには、やつらの手(脚)は多すぎる。
「これでよし」
 奴らのために買い置いていた仮設住宅、間取りは悪くない。中央には良い香りの食物が置かれている。日当たりは良くないが、そこには目を瞑って欲しい。それと床に問題があるが、それについては――転倒防止だと思ってくれ。あ、最新式です。表玄関に足ふきマットがあるので、しっかりと汚れを落としてからお入りください。
 
 二日目。
 朝、3戸の仮設住宅のうち、一つを覗いてみる。恐る恐る。
「……いる」
 入居者がいる。床にべったりと張り付いて。恨めしそうに見上げている。
「日当たりの件は聞いていたが、この床はなんだ?!欠陥住宅じゃないか?!」
 そう言ってるようだ。しかし騙された方が悪い。奴らにとって俺は悪徳不動産だろうが、俺にとって奴らは不法入国者なのだ。念の為に、もう一つ覗く。
「…嘘だろ」
 二人の入居者、夫婦だろうか?いや、「1匹いたら20匹はいると思え」、確かに聞いたことはあったが、昨日の1匹がすべてじゃなかったのか。一応他のやつも覗いて――
「うわっ!」
 飛び退く。びっしり入っている、黒い大きい奴が、床一面に張り付いている。密航船のコンテナの中みたいに。
「まじか……」
 あり得ない。どうして、これにだけこんなに沢山……あ、そうか、これにだけイカの塩辛をセットしたのだ。冷蔵庫に長年眠っていたやつ。臭いが強いから、使えるんじゃなかいと実験的に設置してみたのだ。それが、恐るべき力を発揮した、ということか?それにしても、何匹入っている?いや、これで取りきれたのか?いやいや、そんな筈はない。まだ奴らは、この部屋に隠れ潜んでいるはずだ。でも大丈夫。奴らの好みは分かった。イカの塩辛、こいつをセットすれば、残りの奴らを一網打尽にできるに違いない。仕事帰りにまたドラッグストアに寄って買い増ししよう。奴らの為の、トリックハウスを。鏡に映る笑顔、破れ扉から覗くジャックニコルソンに似ている。

 三日目。
「何を言っているのかわからねーと思うが俺も何をされたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだ……」
 その日の朝の俺は、某第三部の某ポルナレフさんばりに混乱していた。仕掛けた罠の数は10、そのすべてにイカの塩辛を仕込んだ。そうしてそのすべてに――
 びっしりと奴らが入居している。一つに20いるとすれば、合計で200だ。200……敵は多すぎる。1対200の闘いを俺は挑んだというのか?いや、待て!これがすべてとは限らない。何しろ敵は「1匹いたら20匹」の方たちだ。つまり200匹いたら、4000匹いるということだ。この部屋に。

 四日目。
 怯えることは何もない。よく考えてみればそうだ。俺は勝ったのだ。1対200の闘いに。勝者は俺で奴らは敗者。ここ数日連勝しているじゃないか?
 昨晩は100個仕掛けた。流石にすべてが満室(笑)ってことはないだろうが。これで一網打尽出来る筈。ってことで、一つ一つ確認する俺、一瞬でポルナレフ。
 すべてにびっしり。

「どうなってる?幻影とか超スピード(?)とかそんなチャチなものじゃ断じてねぇ……」
 すべての仕掛けに、びっしりハイッテイル……ソンナコトガアリエルノカ?

 深呼吸、ハーブティーを大量に飲み、サイモンとガーファンクルを爆音で聴き、ラッセンの画像を検索して小一時間凝視する。

「敵は、外から来ているのかも知れない」
 そうだ。きっとそうだ。この部屋の中に、こんな大量にいるわけがない。いれば目に付くはずだが、そうはなっていないのだから。
 つまりこうだ。イカの塩辛が強烈過ぎて、家の外をうろついている奴らまでおびき寄せてしまったのだ。俺は意図せず、地域の害虫駆除をボランティアしていたのだ。いや、そうじゃないかも。俺のせいで隣近所にまで奴らがやって来ている可能性もある。ならばこれは、ただの迷惑行為に他ならない。

 五日目。
 やはりそうだった。塩辛を止め、純正の餌をセットしたところ、1匹も掛かっていなかった。すべてが、夢か幻のようだ。それにしても恐るべしはイカの塩辛よ。

 六日目。
 夜。寝る前にイカの塩辛で一杯やっつけた。不本意ながら、このにおいが堪らないという点は、奴らと共通している。
 歯を磨いて眠る。イカ臭い息で明日の朝出社はできないからな。綺麗に磨いて、臭いを落とし、床に入った。

 その夜。
 夢を見た。
 黒いボンテージに身を包んだ女性が、無理やり口に指を入れてくる夢。彼女が笑うと、その体は無数の黒い破片となって床に散らばり、こそこそと動き出す。
 俺の体をよじ登り、唇を踏みしめ、一斉に体内に侵入してくる。
 目を覚ますと……
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