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2021年07月28日09:36

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『青い荷』

 レジでオーダーを告げると、氷の詰まった紙コップがトンとテーブルに置かれた。笑顔もなく金額を告げる口、誰とも会わない休日、唯一ともいえる人との触れ合いがこの仕打ちとは恐れ入る。いや、自分が間違っている。時給以上の働きを彼女に求めてはいけない。
 そもそも孤独を選んだのは自分だ。かつて大空翼という偉人が「ボールは友達」という箴言を遺したが果たして、ボールの方では彼のことを友達だちと認識していたのだろうか?同じく孤独も、僕を他人としか見ていないのだろう。

 アクリルカバーを慎重に開き、コーヒーマシーン、金属の金網の上に紙コップをセットする。アクリルに苦い飛沫が染みになっているのが気になる。主に三点からからなる染みが、取り縋る亡者の幻影に映る。
 カバーを閉じて、画面に触れる。オーダーを呪文のように繰り返し、どこか怯えながら、間違いを避けながら、指が「アイスコーヒーM」と白抜きの文字、その文字列を捕えている緑色の正方形に触れる。
 機械が身震いする――終電で駅員に起こされた酔っ払いのように、はっとして愕然と身震いする。そうして、豆を砕く音を舌打ちのように漏らす。
 茶色い液体が、山積みのコーヒーに滴り落ちる。氷の溶ける音に聞き耳を立てる。いつもそうだ。でも聞こえたことはない。きっとそれは、流氷が溶解する音のミニチュア―ルである筈。確信がもうもうと立ち昇る。湯気のように氷から白いもわもわ発生している。
 いや、これは冷気なのだろう。自動ドアで遮断された蝉のクレームに、背中越しに「ざまぁ見ろ」と告げる。冷気がアクリルカバーを微かに湿らせるのが見える、気がする。右手は、プラスチックのフタのサイズを気にし始め空中でぶらぶらしている。

「炎天下、炎がこの天下の支配者なら、僕はその忠実な臣民となり、炎の手先となり、涼を納税してやるつもりだ」

 誰かに聞かれたら、自殺しなければならない独り言、店内に響くアイドルグループの歌に紛れて、溢れ出る冷気に馴染んで、掻き消えた。

 命からがら、駐車場に辿り着き、黒くて細いストローに食らいつき、コーヒーを啜った。暗澹たる液体、暗く黒く昏く苦い液体が、何故精神をかようにも高揚させ得るのだろうか?
 その答えを探るべく、ミックスサンドの包装に若干手こずり、ようよう剥きだされた肌にかぶりつく、二口目を啜る。余談だが、ミックスサンドは、分離してはいけない。必ず三つを一組とし、一気に齧り付くべし!一つ一つは薄っぺらく、単調で、悲しみを催すだけだ。大きく頬張れば、顎に苦労を強いることにはなるが、ミラー越し、きっと小さな笑顔に出会える。
 暗渠の口腔で、白いパンと黒いコーヒーが、太極の図を模して回転しているのを感じる。
 フロントガラスで、虫の死骸が「オハヨーゴザイマス」。ワイパーに3cmくらいの蜘蛛の巣がはってあるが、それと彼の死に因果関係はない。陰陽が回転している。青空がすべての背景。
 例え殺人が行われようと、閑居して不善を為そうと、今日一日はすべて、青空を背負っている。荷役の荷のように。
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