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2021年07月27日22:45

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『駅を見失った電車がレールを滑り続けている音、そして蝉』

 行く当てのない散歩の果ては、大抵街灯のない暗がりに辿り着く。そうして見えない壁――羊羹のような夜の塊に阻まれ、引き返す羽目になる。今日もそうだった。土手を歩いていた。やはり街灯はなく僕は、そぞろ歩きの終焉を予感して、歩みをのろめた。ざっと靴音が鳴った。目の前に線路、立ち止まった。線路の下を通り抜ければ、小径を進むこと出来る。でもこの闇は手強過ぎる。引き返そうとした僕の耳に、小さな轟音が聞こえた。
「電車だ」
 路面電車。2列の連結しかない。大型バスが本気を出せば倒すこともできるのではなかろうか?それほど頼りない電車。駅を見失い、只ひたすらレールを滑り続けている。先に音を寄越し、遅れて光を届ける。近づいてくる。音と光の塊。立ち尽くす僕に目もくれず――
 電車の中に、沢山の人がいた。吊革につかまって、皆スマホを見ていた。
 皆スマホを見ていた。
 皆がスマホを見ていた。
 その有様が、僕には何故か薄気味悪かった。何か意志を持たない人の形をしたものが、電車のなかを埋め尽くしているように思えた。罰を受けているようだった。咎から目を背けるために、画面に視線を逃がしている?では罪はなんだ?あの囚人たちの罪はなんだ?血走ったサラリーマン、力尽きた学生、老人の片割れ、塾帰りの子供、鉛のような子を抱えた母親、皆が同じ顔色で、同じく画面の灯りにぼうと照らされ、あの集団は、いったいなんの罪を犯したんだ?分からない。でもきっと僕も、同じ罪を問われている。鈍化した魂を固定し、誰かと繋がっている錯覚に縋る。暇つぶしだと嘯いて、一秒一秒を飛ばし読みして人生を終えようとしているのか僕は――ぎぎっ。
 何処かで、蝉が鳴いた――こんな闇の中でそれは、断末魔に聞こえた。土手の遥か向こうに犬を散歩させている人だろうか?懐中電灯の灯りが揺らめいている。誰かを捜索しているように。
 進むべき道は、きっと今来た道。街灯のある方へ戻れば、数時間後にはすべて元通りに、明日が始まるだろう。あの集団に混ざって僕は、明日の朝、歩いている。
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