八月になりかけの朝、通り過ぐタイヤが路面を擦る乾いたシャー、幾重にも。そこに蝉がサンサンと和し、階段を降り切った僕の革靴が、一歩目を踏み出すべく逡巡している。
建物や電線、街路樹の作り出す陰が、アスファルトに静物のようにある。日差しはまだ手加減しているが、それでも強烈だ。光が強いほど陰というものは濃くなるのだろうか?
夏の陰は群青に寄る。殊に朝は格別だ。迫りくる光から逃げそびれた夜の青が、雨宿りのように光を厭い、ここに集まっているのだろう。
僕の体が陰を過ぎる時、湿った涼が肌に張り付く。心地よい。呼吸を始めた草木の息もここに集っているようだ、仄かに匂う。光の下へ出る。陰へ入る。ゼブラに歩道を染める陰の配置に合わせて、僕の体も光へ陰へ。
最後に陰に入ったときに、心が語った――お前も青の一片だ。
僕は一瞬怯えた。もしそうであるならば僕は、何処にもいかずに、夜の青と手をつなぎ、街路樹の傍らに身を寄せるべきだから。強さを増す光、昼時には体を縮こまらせて、光を睨む。確かに、そういった属性なのだろう、この心は。それでも、行く当てがあるうちは、前に進むが良い。光から陰へ陰から光へ、そこで色んな人と出会い、別れ、この心にも様々な陰影が与えられることだろう。
陰を想い、光を彷徨う。
魂の安息はきっと、いややはり、光の中にあるのかもしれない。
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