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2021年01月30日10:15

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2分小説『珈琲が香らない休日』

「今日をどう生きよう」
 誰に問う訳でもなくベランダ植木に水遣る朝肌寒い。
「知るかよ」
 足元から声がした。くるぶしが喋ったのかと思ったが違ったようだ。洗濯機の横に落ちている靴下、きっと入れ損ねたやつ、いつからあるのか計り知れない。
「靴下のくせに口の利き方が――」
「違う、靴下じゃない」
「いや、靴下だろう?」
「俺は闇だ」
「ふざけるな」
「ふざけてない。第一靴下が喋るか?俺は洗濯機の下の闇だ」
「洗濯機の下の?ゴキブリか?お前は」
「違う。お前どうかしてるな?ゴキブリ喋るのか?」
「なら闇だって喋るのか?」
「現にこうしてお前と会話している」
「なるほど。どちらにしてもお前に用はない」
 靴下を拾おうと手を伸ばす。洗おうか棄てようかの逡巡が、動作を緩慢にした間隙――。
「待ってくれ!ソイツを連れていかないでくれ」
「ソイツ?靴下のことか?」
「俺の友達だ」
「このみっちゃみちゃの靴下が?」
「そうた。唯一の話し相手だ」
「コイツも喋るっていうのか?」
「いや、靴下は喋らんよ。その中の闇がな」
「また闇か?喋るんだったら俺に命乞いでもさせろ」
「無理だ。コイツは闇語しか喋れない」
「やれやれ」
 拾おうと――
「待ってくれ!白状する」
「何を?俺は忙しいんだ」
「嘘言うなよ。困ってたじゃないか?『今日をどう生きようか』困惑?いや途方に暮れたようだったぞ」
「うるせえ!で、何を白状するってんだ?」
「その闇、恋人なんだ」
「マジか?」
「マジ」
「結婚を考えている」
「おいおい」
「腹の中には3ヶ月になる赤ちゃんが」 
「分かったよ」
 ベランダで闇が繁殖しようとしている。こりゃ夜にはトンでもないことになりそうだ。
「ところで、懐中電灯かなんかで照らしたらお前は死ぬのか?」
「ああ、でもいいのか?俺はお前なんだゾ」
「なにぃ?!」
 それきり闇は口を利かない。

 洗濯機の蛇腹を枕に、靴下が風に吹かれている。今日が晴れていることに、やっと気付いた。
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