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2020年07月17日23:32

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かいぎ

「僕は左手から三番目がいいと思います」
 この中では最も若手なんだ僕は。先輩の発言の後では意見を言いづらい。だから先陣を切った。否定されるのは前提の上。よしんば共感を得られれば幸いぐらいのこと。
「俺は二番目だと思う」
 焼鳥屋の外装の絵コンテ。大きな鶏型の看板の下に並ぶ4つの卵のオブジェ。
「うん、やっぱり二番目だ」
 自分の発言を追認するように向島先輩は左から二番目の卵を指で叩き、マウスをいじる。画面に映る4つの卵、左から二番目だけが金色に変わる。
「バランスがいい。な?田代もそう思うだろ?」
 田代先輩、汗っかきの田代先輩は、ポケットからずぶ濡れのハンカチを取り出し額を拭う。
「そうかなぁ、俺は四番目がいいとおもうなぁ」
「いや田代それはないって。端はおかしいって、なあ、田中?」
 向島先輩が共闘を求めてきた。どうしよう?ここは二択だ。向島先輩に乗っかって田代案をまず潰すか、逆に田代案も有りでは?と反旗を翻し、場を乱すかだ。
 田代案は、何れにせよ押しの強い向島先輩によって潰される公算が高い。そうなれば僕と向島先輩の一騎打ち。勝敗は歴然。後輩の僕の負けだ。ならばここは敢えて田代先輩にすり寄って、あわよくば取り込んでしまおう。うまくいけば、向島VS僕&田代という構図に持ち込めるかも知れない。
「田代先輩の案も悪くはないかなという気がします」
 向島先輩、バリバリ体育会系の向島先輩は、僕を睨みつけ。
「いや、お前も端っこはないと思ったから3番目を推してるんだろう?」
「まぁ、そうなんですけど。でも端もまったくないという訳じゃないのかなぁって」
「田中、俺の意見と対立するのはいいが変な策を弄するな。信念があるなら正攻法で来い」
「え?いや、その」
 まさか見透かされたのか?田代先輩を籠絡しようという僕の秘策が。くそっ、マッチョの癖にこういう気が回るから苦手なんだよこの人。
「ちょっといいか?」
 田代先輩の巨体がせり上がり、大きな手でマウスを呑み込む。
「4番目はちょうど鶏の看板のお尻の真下なんだよ」
 プロジェクターが照らす白壁、四番目の卵が金色に変わる。真上に鳥の看板のお尻。なる程、金の卵を産んでいるという構図か。スイマセン田代先輩、自分先輩のことちょっと舐めてました。これは確かに絵的に説得力がある。
「むむ、ま、成る程な。お前にしては珍しく考えが有ったんだな」
 プライドを守るため何とかマウントからポジショントークをくり出した向島先輩。田代先輩は、意に介さず塩さえ浮かびそうなハンカチを折って口の上を拭い。
「どうする?」
 とだけ言った。
 沈黙。
 そして2人が同時に僕を見る。
(え?僕のターンすか?)
 しまった。ヤラれた。戦いを経て先輩二人は分かり合い、いつの間にか戦友となっていたようだ。無言の圧で後輩の僕を潰しに来た。まさかの共闘だ『ややこしくなるから、まずは後輩のお前が降りろ』この沈黙を翻訳するとそうなる。マズいこのままでは。
 ノックの音。
「はい」
「失礼します。すいません内線鳴らしたんですけど」
「ああ、故障してるって」
「あ、そうだったんですね。部長から向島さんに連絡するようにと伝言がありました」
「え?今日埼玉だよね。出張先から電話?」
「はい、至急とのことです」
「いやな予感しかしねえ。くそっ、あ、ちょうど良かった。木下さんさぁ、この卵をどれか一つ金色にするとしたらどれがいいと思う?」
「え?」
「深く考えなくていいよ。直感で指差して。もう煮詰まっちゃててさ。この際木下さんに決めてもらおう。いいなそれで」
 田代先輩、頷く。僕も頷く。
「じゃあ、そうですねぇ。これかな」
 木下さんは、一番左の卵を指差し、颯爽と部屋から出ていった。
 後に残されたのは困惑する三人の男たち。
 暫くして我に返った向島先輩、部長に電話するためダッシュで部屋を出ていく。
「ないですよね」
「ないなぁ」
 田代先輩がマウスをクリックし、一番左の卵を金色に塗り替える。そして深々と。
「ないなぁ」
 ため息のように吐き出す。
 
 窓の外が暮れかかっている。紙コップの底でコーヒーが固まって茶色い輪郭線を描く。
 向島先輩待ちだ。どんなテンションで帰ってくるんだろう?
 看板の鶏がこっけいと鳴く。
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