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2020年03月21日11:14

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蟻作

 蟻作(ぎさく)は働き蟻。触覚が折れ曲がっているので、餌を見つけるのが苦手。だからいつも仲間から馬鹿にされている。
 朝、蟻たちは巣穴から這い出し、触角をういういとレーダーのように振るわせ餌を探す。蟻作もそうする。
 昼過ぎ、蟻たちは巣に戻り、それぞれの調査結果を報告する。「砂場に飴が落ちてたよ」「ベンチの上にご飯粒が3つもあった」などなど、有益な情報が飛び交うなか、蟻作は黙っていた。仲間の一人が話し掛ける。
「蟻作、今日こそは食べものを見つけたか?」
 蟻作は首を振る。
 仲間たちが一斉に非難を浴びせる。
「冬に備えて沢山の食べ物が必要なのに、お前は何をしてるんだ!」
「何も見つけずに歩いて帰ってきた?本当はサボってたんじゃないのか?」
「触角が無いなら無いで、誰よりも沢山歩く努力をしろ!」
「お前がいるせいで、餌の蓄えが足りないんだぞ!全部お前のせいだ!」
 蟻作は、黙って仲間の非難を聞いている。

 午後、蟻たちは、砂場の飴を取りに出発する。蟻作も出発する。公園は危険地帯だ。子供に見つかったら踏みつぶされるかもしれない。蟻たちはいつものように蟻作を先頭に立たせ。砂場に向かう。
 仲間が死なない日はない。毎日犠牲者が出る。でも仕方のないことだと蟻たちは思っている。疑問にも思わない。踏みつけられて死ぬることが、或る意味仕事の一部だとさえ思っている。理不尽と戦おうだなんて思わない。戦えばより死ぬ確率が上がるだけだ。息を潜め心を固めて、ただただ、日々の餌のために行進する。それが蟻の遺伝子にブログラムされた本能なのだ。砂場の縁を囲う、黄色いブロック塀が見えてきた。「ひょっとして、今日は誰も死なないんじゃないか?」皆がひそひそやりだした矢先。
 天が震えた。嬌声、地響き、子どもの襲来だ。
 蟻たちは、列を乱さない。同じ速度を維持して歩き続ける。
 どしん
 一撃目、隊列の中程が踏みつけられた。何匹もの仲間がぷちぷちと潰れた。でも誰も振り向かない。行進を続ける。慌てて逃げ出すと子どもは面白がって余計に踏みつけにくるのだ。だから逃げ出したいのを我慢して、子どもが飽きるのを待つ。それが最も生存率が高い選択肢だ。(踏みつぶされても逃げてはいけない)
 どすん
 二撃目、後列がぷちぷちいった。
 蟻作、隊列の先頭にいた蟻作、突如歩くのを止めて振り返る。
「蟻作、何をしている!振り返るな。歩くんだ」
 蟻作は、仲間の制止を振り切り、隊列から抜け走り出す。
「待て!蟻作、逃げるな」
 仲間たちは、驚いた。蟻作、仕事の出来ない落ちこぼれだとバカにしてはいたが、蟻としての最低限の度胸すら持ち合わせてなかったとは。
 蟻作、罵声を浴びながら隊列の脇を逆行し、後列に向かう。蟻作、子どもの黄色いサンダルに飛びつきよじ登る。仲間たちが呆然として見ているなか蟻作、曲がった触覚をぷるぷると振るわせ、小さな牙をこれでもかと押し開き、子どもの小指に噛み付いた。子ども、驚いて飛び上がり、跳ね回る。蟻作は噛み付いたまま離れない。二つの複眼に、見上げる仲間たちの呆けた姿と、空に浮かぶはぐれ雲が映って揺れる。
 子ども、自棄になって地団駄を踏む。地団駄を踏む。地団駄を踏む。もはやその指に蟻作の姿はない。子ども、公園が壊れるほどの声で泣き、何処かへと去っていった。
 蟻作は、踏みつぶされて死んでいる。
 蟻たちは、砂場に辿り着き、飴を掲げ巣に戻る。道中で蟻作の亡骸とすれ違う。
 誰も蟻作のことを語ろうとしない。称えることも蔑むことも出来ず前を向いてひた歩く。ただ皆一様に、蟻作の行動を認めると自分たちを否定する事になる、とは思っていた。無言で巣へ飴を運ぶ。
 一部始終を見ていたキリギリスが、蟻作を憐れんで歌を歌った。蟻たちは、心臓をぎゅうと縮ませて、苦しそうに歩き続けた。
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