村上春樹作品のほとんどを翻訳してきたデンマーク女性メッテ・ホルムを追ったドキュメンタリー。多くの国で愛読されている村上作品、ただそのほとんどはいったん英訳あるいは仏訳された文章をそれぞれの国の言語に訳したものだという。ところが今回の主人公メッテは、日本語から直接デンマーク語に訳すべく、各作品の背景となる日本文化に浸る日々を続けている。
"完璧な文章などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね”という一文をツカミとして引用、この村上文学を代表する一節を訳する過程が物語全体を引っぱる。“完璧”や"文章”という言葉にも、さまざまな訳語の候補があり、思いあぐねたメッテは仲間たちと意見をかわしていくうち、村上作品あるいは日本人の持つ二面性にまで話がおよぶ。
村上ワールドの背景にあるものにどっぷり浸ろうと、メッテは何度となく日本まで足を運ぶ(現在は日本在住らしい)。そこには単に“好奇心旺盛なデンマーク人が見た日本”が展開するだけではない。日本語を駆使しながら、彼女は村上春樹のルーツをもとめてわざわざ芦屋の街を訪れたり、作品の題材となったピンボールにまで柄にもなく挑戦する。
対象が言葉の表現者であるせいか、一般的なドキュメンタリー作品よりはずっとリリカルな感覚に満ちている。村上作品のキャラがCGで登場し、奇妙な声でセリフをなぞったりして、映像表現のほうも凝っている。全編わずか60分のいわゆる掌編小説、実にいいところで終わってしまうラストの展開はなんとも惜しい。まあこれにはそれなりの事情があるのだろうけど。
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