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2019年07月24日20:33

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『世界が崩壊するハッピーエンド』

(白いとこだけ踏んで渡らないと世界は滅びる)
 そう自分に警告しながら横断歩道を渡っている。通勤の行き帰りも、ちょっとコンビニにへ行くときも、どんなに遠いの旅行先でも。それこそ海外でも。とにかく僕は、横断歩道の白いところだけを踏んで渡ってきた。物心ついてから今日まで。
 敢えて説明する必要はないと思うが一応言っておく、当然ながら僕は――
「一度も踏み外したことはない」
 自明の理だが、実際にこうして世界が滅びずに存在しているということは、僕が白以外を踏んでないということだ。
 ただ、一度だけ踏み外しそうになったことがある。中学2年の夏休み。朝練の帰り道、いつも通っているヤオマートの交差点の横断歩道で、右の靴紐が緩んでつんのめってしまったのだ。一瞬、踵だけがかろうじて白に掛かっている映像が目に映った。相撲だったらビデオ判定もの、自己判定では完全にアウトだ。
 (遂にやってしまった)
 靴紐が緩かったという、だそれだけの理由で、世界が滅んでしまうとは……なんて脆いんだ。
 僕は絶望と怒りと遣る瀬無さで押しつぶされそうになった。でも一向にして世界は滅びる気配はなく、平穏のまま夏休みが終わってしまった。つまり、世界は破滅することなく、無事二学期を迎えたのだ。つまりつまり、演繹的に考えて辿り着く結論はただ一つ、「僕は白を踏み外していなかった」。判定はセーフ。心底ほっとした。

 ダンダンダンッ!
 僕は今、全力疾走している。

 新幹線が出発する前に彼女に会いたい――「もう一度やり直そう」って、彼女の腕を掴み想いを告げたいんだ――必要なんだ。僕の世界には、どうしても彼女が必要なんだ。
 心臓がバクバク鳴っている。肺に穴でも開いたのだろうか?さっきからキューって小動物の鳴く声が聞こえる。カツオブシを張り付けたように喉がカラカラ。アスファルトを蹴り飛ばすスニーカーの音、鼓膜を平手打ちする。足の裏、赤熱じんじん。太ももは明日パンパンに腫れ、数日のうちに壊死するだろう。でもそんなことはどうでもいい。今はただ、時計の秒針を追い越すスピードで、彼女に辿り着く――その為だけに、僕は命を爆発させる。
 横断歩道を突っ切った。クラクションと怒号が鳴り響く。白を思いっきり踏み外した。だがそれがどうした、だ。
 どのみち間に合わなければ、世界は終わる。
 立ち止まって嘆いている暇はない。
 
 僕は走る。

 最悪さっき白を踏み外していたとしても、その当然の結果として世界が滅亡するとしても、せめて彼女の隣にいたい。彼女と二人で、崩壊する世界を眺めたいんだ。白を踏み外しただけであっけなく崩壊してしまうスカシアゲハの翅のように繊細で美しい世界の最後を。彼女の隣で鑑賞したい。
 それで僕にとっては充分ハッピーエンドだ。
 いや、それこそが僕の真の望みなのかもしれない。
 
 ダダンダンダン!
 プラットホーム、階段を駆け上る。
 発車の合図が――
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