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2019年05月17日18:50

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レガシーが失われる時 ( フェルナンド・バエス『書物の破壊の世界史』を読む)

図書館本の投棄 新たに200冊
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5621348


タイトルでおおよその察しがつくと思いますが、古来、人類が文字を発明し、そのまた後にそれを記録し始めた時から、著作の破壊/滅失の歴史は始まっていた。
それは最初期の粘土板からはじまりパピルス、酸性紙など保存しにくい材質によってそれを宿命付けられたのもあるが、最も重大なのは人による破壊。

文明社会が生まれ、民族や国同士による争いにおいて、侵略する側は征服した側の何を奪い、破壊するか?それは即ちその地の文化であり、それが集積されたのが書物。

あるいは、ひとつの国のみにおいても、独裁王朝/政権が誕生し、民衆をどうして抑えつけ、飼い慣らすかで標的にされるのも書物。民が無知蒙昧であるほど政権にとっては幸いだ。だから彼らを「知らせる」「考えさせる」書物は害。ということだ。
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(ロシア ピョートル3世時代の「悪書追放運動」)
最も有名なのは秦の始皇帝による「焚書」でしょう。それがはるかに時代は下って、ナチスがそれを行った。その間にも焚書はあらゆる時代のあらゆる国で数限りなく行われてきたし、禁書として書物も作者も処分された例も後を絶たない。本の破壊と検閲は言論弾圧として不可分のものなのだ。
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(秦の「焚書坑儒」)

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( ナチスの焚書 ヘミングウェイやHGウエルズも禁書になったのは意外)

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(中国、文化大革命 断末魔のように本が舞い上がっている)

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(1973年チリ 軍事政権下における焚書。標的はゲバラ)

呆れる事に、世界史はまさにその繰り返しだった。歳月を重ねて培われる人類の叡智、それが込められた書物がいともあえなく抹殺される。しょせん人間は愚かなままなのか?と。

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(第二次世界大戦、空襲に遭ったロンドンの書店と図書館 )

人為的に害されるだけでなく、例えば図書館の火災も意外に頻繁に起こり得る。ひとたび失火すると紙の本は失われるのを待つのみだ。
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(世界一美しい図書館と言われたドイツ「アンナ・アマリア図書館」の2004年の火災)

あるいは天災に巻き込まれて壊され、焼かれたり、まれに作者自身が珠玉の作品を処分してしまう事例もある。(これは遺言で自作の処分を頼んだカフカが有名だろうか。幸いにも頼まれた友人はそれを履行しなかった。)
虫食いによる被害。あるいは一部の国にある、卒業生がそれまで学んだ教科書を式の後に燃やす奇習(なんてパンク!笑)。
最も嘆かわしいのは、図書館側が書庫スペースを確保出来ないと密かに処分する事案が幾つも露見したりする。

本書の凄いところは、その事歴を古代から判明する限り余さず網羅していこうとするところだ。
まさに「喪われた書物」のクロニクルな被害調書である。構想から著述までに15年以上を要したらしい。その成果が640頁にわたる本文だからまさに労作。
失われた書物の中には、世界の文化史に大きな影響を与えたかもしれない著作があっただけではなく、多くの記録文書の類も見逃せない。なぜなら、それらは世界史研究にあたっての貴重な一次資料だからだ。それらがもっと現存していれば、歴史の謎はもっと解明されていたはずなのだから。

ただ、読んで些か可笑しかったのは、本の受難の事歴で「xx年に某市でxx万冊が失われ・・・」というのが夥しくレポートされてはいるのだが、その具体的な被害記録の方がしっかり(?)残っていた(調査できた)ことだけど。

読んで最も痛ましい気持ちにさせられたのは、著者が現場で目の当たりにした2003年のイラク。フセイン政権が倒れて一時的に無政府状態となったこの国で、真っ先に掠奪の対象になったのが博物館や図書館の文化財と書物だった。
作家であり図書館学者でもある著者にとって、人類文明発祥の地で(文字が生まれたのも実はイラク!)、文化の破壊が現地人によって成された無念はいかばかりだろう。その思いが読む者の、もちろん自分のような本好きにとっては虚しい思いにさせられるのです。

「本を燃やす者は、やがて人間も燃やすようになる」と記した詩人ハイネ。
バーナード・ショウの戯曲「シーザーとクレオパトラ」で、あの伝説的なアレキサンドリアの大図書館が炎上するのを見て「所詮は忌まわしき記憶、燃えるに任せよ。」と言い放ったシーザー(カエサル)。
本書の全てを暗示している、ふたつの引用もまた重く響いてくるのです

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レビュー評価は★★★★








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