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2018年08月18日08:38

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かい

 子供貝「こないだ人間が『私は貝になりたい』って言ってたよ」
 お母さん貝「へー、あ、そー。まぁ人間からしたら気楽に見えるんだろうねぇ、私たちの暮らしが」

「結構大変なのにね。ブランクトンが少ないときはお腹ペコペコだし、ネコザメが近づいてきたらドキドキするし」
「そうねぇ。人間には分からないのよ。貝の苦労が」
「……そうだよね」
「どうしたの?アンタ、沈んじゃって、はっ!まさかアンタ、また『人間になりたい』なんて言い出すんじゃないわよね?」
「もう僕いやなんだ。じっと怯えて生きるのは」
「お止し!人間なったって一緒だよ。貝には分からない、苦労ってもんがあンだよ人間にも。怯えて暮らしてるのは、なにも貝だけじゃないんだよ」
「でも人間の方がましだよ。人間は自分の足で歩くことが出来るし、苦しくて辛い環境だって、自分の力で変えることが出来るじゃないか」
「そんなに強い人間ばかりじゃない。私たちのように、常に恐怖を感じながら、じっと耐えるように生きてる人間もいるの。いやむしろ、ほとんどの人間がそんなもんよきっと。ね、だから人間になりたいなんて、言わないでおくれ、死んだお父さんもきっとそう言うわよ」
「お父さんは活きてるよ。底引き網に攫われただけ。きっと……きっとどこかの生け簀で元気に暮らしてるんだ」
「ひょっとしてアンタ、お父さんを探しに……」
「…………」
「どうなんだい?お父さんを探しに行きたいのかい?」
「なんとかお言いよ。『物言わぬ貝』じゃあるまいし」
「お母さん、僕、人間になりたいんじゃないんだ。僕の本当の願いは、お父さんを見つけて、連れて帰ること。お母さん待つこの海底へ、お母さんだって本当は僕とおんなじ気持ちなんだろう?昔みたいに、三人で一緒に暮らしたいんだろ」
「…………分かったわ。あなたの人生だもの。あなたが決めなさい。いつの間に大きくなって」
 言葉が出ない。お母さん貝は、貝殻の隙間から、海と同じ涙を流しました。海流がそれを混ぜて分からなくします。
「心配しないでお母さん、きっとお父さんを連れて帰ってくるからね」
 子供貝は明日、わざと底引き網にかかってやろうと決意した。父を探し出し、母の元に連れ帰る為に。




 一方その頃、地上では。

 夕焼け公園ブランコに乗った子を揺らす母親、すべてが濃い影になって、砂場に落ちている。

「お母さん」
「なぁに?タッくん」
「僕、貝になりたい」


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