mixiユーザー(id:26940262)

Javascript の設定が無効になっているため、一部の機能を利用できません。

詳細はヘルプをご覧ください。

2018年04月13日22:24

344 view

Ordinary Life ( コルム・トビーン『ノーラ・ウェブスター』を読む )

そうか、著者のコルム・トビーン、去年公開されて、マイミクさん達や批評家筋でも評価が高かった映画『ブルックリン』の原作者だったのか。未見なのが今さら悔しいなあ。
自分はどうしても一昨年に読んだ『マリアが遺したもの』の印象が強かった。イエスの生母マリアが息子の受難後に語った回想という、とてつもなくユニーク(かつ大胆)な小説だった。

『ブルックリン』と同じく、舞台はアイルランド南東部の田舎町。主人公ノーラは50歳くらいの四児の母。夫モーリスが亡くなった後から物語は始まる。
寡婦となったノーラ。モーリスは教師で町の人望が篤かった。狭い町なので誰もがノーラにお悔やみの言葉をかける。自宅に弔問に来る人もいる。それが逆に彼女の気持ちを重くしている。
寡婦年金だけでは家計を賄うことが難しい。彼女は心機一転して、かつて働いていた会社に再就職するが、そこで待っていたのはノーラを快く思わない「お局様」のイジメ。最初は怒りを爆発させるノーラだが・・・

彼女の人物像が面白い。頑固というほどでもないが、かなり意思の強い性格。ちょっと辛辣な眼差しも文章の端々に現れている。対人感覚がちょっと不器用に思えたりもする。少なくとも「おしとやかな」性格とは言い難い。

そんなノーラが母として、女として、夫亡き後の人生の新章をゆっくりと歩み出すのが400㌻という大部な分量で細やかに描き出されていく。
彼女と子供達の暮らし振り、身の回りの些細な出来事の積み重ね。その中で日々を生きる心境。やがてモーリスの喪失から立ち直って自立していくノーラ。
言わばこれは「ホームノベル」です。大きな事件や急転直下な展開が待ち受けているわけではない。だからこそ余計に、リアルな生活感がじんわりと読む者の気持ちに染み込んでいく。
彼女を取り巻く人たちも、同じようにどこにでもいそうな市井の人々だ。だけどその絡み具合が物語に少なからず波風を立てていく。やっぱり人と人とが関わり合うからこそ物語は生まれていくものなのだ。著者トビーンの品位ある穏やかな筆致がそれを引き立てている(だから決して下世話な印象を与えない) ただ、翻訳小説の常、人名と続柄を把握しにくいのが難だけど(苦笑)

アイルランドの社会情勢がノーラ達にも少なからず影を落とす。その最もたるのがU2の曲で有名な「血の日曜日事件」。実はそれが物語でいちばんハラハラする展開を呼び込むところだったりする。
もうひとつ、物語に光明をもたらすのは、無趣味だった(と自分は思っていた)ノーラの、音楽への目覚め。そして終盤、思いもよらないことが・・・。これは言わないでおくけど、うわぁ～、それって反則やん！？と思うのだけど、これがぜんぜんあざとくないのが、やっぱりこの小説の語り口の良さなのかな、と。

そもそも、映画でも小説でも、人名タイトルというのはおしなべてパーソネル(個人的な)な物語だ。
そこにあるのは「他所様の人生」に寄り添うことの妙味だ。/以前に日記にした、幸田文やエリザベス・ストラウドに通じるものがそこにある。
だけどたいがいの配給会社や出版社は、それだけでは食いつきが良くないと、やたら意味深だったりドラマチックな邦題をつけがちなのに、新潮社のこの潔さはあっぱれだと思うのです。