まだ誰もノーベル文学賞を生んだことが無いアルゼンチンから送られた、『笑う故郷』というユニークな映画を観た翌月に、今度は隣国チリから、実在のノーベル賞作家をモデルにした映画が公開されるのだから、本当に面白い偶然です。しかもこれも良かった。
彼の名はパブロ・ネルーダ。時は1948年。作家/詩人であり国会議員でもあった彼は共産主義者。時の親米右派政権に睨まれた彼は、身に迫った逮捕を逃れようと、ある日姿を消す。
彼を捕まえんと懸命に追う警視オスカル。しかしこれは「Catch Me If You Can」的な、単なる逃亡/追跡劇ではない。
オスカル演じるのは、誰あろうガエル・ガルシア・ベルナル。彼はどうやら架空のキャラクターらしい。オスカルはチリ警察の創始者の息子でありながら実は妾腹。それが逆に気負いとなってネルーダ追跡に執念を燃やすが、そうしていくうちに、ネルーダに対して次第に興味を深めていく。
彼がひとかどの人物だと知れば知るほど、不条理な境遇で生まれた自分が思いを寄せてしまうのか。それを吐露するかのように、そもそもこの映画のナレーションがオスカルによるものなのだ。
ネルーダ自身の人物像も面白い。彼は逃亡中でも執筆活動を続け、密かに送り出された詩作が民衆を鼓舞していく。しかし彼はお堅い思想家では決して無い。パーティーに興じたり、女性関係も開けっぴろげ。逃亡中でも隠れ家の中に篭らず、堂々と街へ散歩に繰り出したりする。「人が人として自由に愉しめることが何よりの幸福」だというのを実践しているかのように。
街から街へ、湖を越え、山も越えて逃げるネルーダ。追うオスカル。2人が邂逅する時は来るのか。
叙事詩的な歴史ドラマにサスペンスを絡め、事実とフィクションが人間くさくもファンタジックに交錯する。確かにこれは惹句通りの独創的にして文学的な映画です。
チリ人監督のパブロ・ララインは、3年前に公開された『No』以来。この映画は、1988年の国民投票で、やり手の広告/宣伝マンが民主化サイドの選挙参謀になる。という知られざる事実を題材にしたもので、演ずるのはガエル。そしてネルーダ役のルイス・ニェッコも出演している。
【予告編】
https://youtu.be/AzBuSBI8qkg
〈 シネ・リーブルで公開中 〉
南米=ラテン気質で陽気、というイメージを我々は抱きがちですが、ことアルゼンチンやチリは、独特の憂いと湿り気が映画や小説に横溢しているような気がする。それでいてスケールが大きい。この映画でもそれをあらためて感じさせられます。
ちなみにネルーダ本人は、この時期の後に亡命生活を送り、友人であるアジェンデが社会主義政権を樹立した時に晴れてフランス大使に就任。ノーベル賞が送られたのもその時(1971年)。しかし癌を発症し、治療のために帰国した直後にクーデターで政権が崩壊。弾圧を受けたショックで亡くなるという悲劇的な最期を遂げている。しかも最近では殺害説も浮上しているという。
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