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2017年08月06日18:47

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フランク永井「夜間飛行」(1958)からちあきなおみ「夜間飛行」(1972)と航空灯台

 妙な見出しで失礼。本日8月6日は広島に原爆が落とされた日。人間をターゲットにした人間が発明した史上最大の破壊兵器が、実際に使用された日だ。その酷さには言葉が出ない。ただただ、戦争や核の廃絶を望むばかりである。
 さて、時代的なものとはいえ、戦中・戦後の飛行機の世界で役割を果たしたのが「航空灯台」。現代では死語に違いない。航空灯台は海の灯台とどうように、飛行機の視界飛行の道標として必要だったもの。特に夜間の飛行にはたいへん役に立つというか、必須のものだった。移動客を乗せる便は一般的に暗くなると、その日の飛行は終了したわけだが、貨物便は夜間も飛んだようだ。
 航空灯台は昭和の初めに作られた。だが、戦争になると、灯火管制がなされたために、この航空灯台からも灯が消えた。戦後に飛行機のポイントチェックは無線の方式に切り替わり、1950年の後半には使われなくなったようだ。
 こうした飛行機時代の移り変わりを惜しむように、フランク永井に「夜霧の第二国道」を提供した宮川哲夫は「夜間飛行」を書き、1958(S33)年にSP盤がリリースされた。歌詞に航空灯台は直接的にでてこないが「夜間飛行のスリルに生きる…」とか、イメージは満点。裏面は朝倉ユリに提供した「霧の航空灯台」と、ずばりその名を題名とした。
 この「夜間飛行」はビクターもいっきに売り出したフランク永井の新作をして、販促に力をいれた。「西銀座駅前」「こいさんのラブ・コール」「俺は淋しいんだ」とヒットが続いていた。さらに勢いをつけるために「札幌発最終便」を出す。
 つまり、国道、特急、飛行機と急激な社会の復興を勢いづけるものをテーマにした歌を作った。その業界で働くドライバー・運転士・パイロットをとりあげ恋の悲哀をからませる。作詞家宮川哲夫はこの分野で大活躍した。
 フランク永井のキャッチである「魅惑の低音」をそのまま使ったLPシリーズがでる。その第2集で「夜間飛行」をはじめとするこの時期のプッシュ曲をいれている。さらに1959(S34)年「高度一万米」というLPを出す。この当時LPといっても、まだ10インチ盤だ。この「高度一万米」はまさに飛行機、パイロット、恋を集めた特集盤。フランク永井をタイトルに付けながらも、先のB面朝倉ユリの「霧の航空灯台」のほか、築地容子「花のスチュワーデス」が入っているから面白い。
 フランク永井にとって「魅惑の低音第1集」「悲しみよこんにちは」「ラブ・レター」「魅惑の…第2集」につぐ5つ目のLPだ。
 1964年になると、時代はステレオ・レコードのEPを売り出す。その翌年、和田弘とマヒナスターズが「夜間飛行」を出す。だが、これは浜口庫之助による作詞作曲で、NTVテレビ連続ドラマの主題歌だ。
 「夜間飛行」という曲名を世に知らしめたのは「ちあきなおみ」だろう。1973年にリリースされた。ちあきなおみは1992年に夫「郷��治」を失くす。その後舞台から姿を消しいまでもちあきファンから熱烈な復帰のエールが絶えない人気歌手であるが、その喪失気分を予言するような「喝采」を1972年に大ヒットさせた。
 作詞は吉田旺、作曲が中村泰士。このコンビは「ドラマチック歌謡」と称した三部作をつくる。同年に「劇場」、そしてその翌年に「夜間飛行」ができた。ちあきの「夜間飛行」は大ヒットとなりNHK紅白でも歌った。「最後の最後まで 恋は私を苦しめた…」で始まる。ドラマチック歌謡というだけあって、歌詞は長く物語として展開されるという趣向だ。
 さて、余談になるが、ちあきなおみは舞台で思う存分に歌いつくして、いさぎよく舞台を降り、その後夫の実兄の俳優宍戸錠にも依頼疎遠だというほど、身近な人とも距離をおいているようだ。ビブラートのない、裏声のない、まさにストレート一本で歌のあらゆる分野を切りまくった。美空ひばりと同様好き嫌いがファンにもあるのだが、実力では卓越した歌唱が認められていたことは事実だ。
 それを証明するかのような話題になったのは、1999年のネスカフェのCM。水原弘での有名な「黄昏のビギン」(永六輔作詞中村八大作曲)がほとんどアカペラで静かに流れたときだ。こんな雰囲気満点な歌唱力ある歌手は誰なんだとという声がどこからも上がった。ちあきなおみを再浮上させた形だ。
 その流れとは無関係ではないのはやはり2006年に小畑実のカバー「星影の小路」がCMで流れた。
 筆者はちあきの現役時代はちっと避けていた。それはドキモを抜いた1977年のNHK紅白歌合戦での「夜を急ぐ人」(友川かずき作詞作曲)を見て印象を引きづったからだ。ここまで歌を自分のものにして入れ込む歌手はいなかったといってよい。
 実はこの歌という自分の仕事への入れ込みといい、多くの素晴らしいカバーを残したことといい、惜しまれて舞台を降りたことといいフランク永井に重なるところがあるからだ。ということで、主題が不明確なまま、妙な見出しをつけてしまった。
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