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2017年03月11日14:32

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フランク永井の盟友松尾和子「あのスターにもう一度逢いたい」で放映

 宮本アナ司会のBSで人気の「あの人にもう一度逢いたい」で先日に松尾和子が取り上げられた。フランク永井については、すでに紹介しているが、女フランク永井とも言われた松尾和子が登場ということで、楽しませていただいた。
 ゲストは橋幸夫、古都清乃、内田あかり、松平直樹であった。ビクターの同僚でもあるとともに、多くはフランク永井の恩師吉田正の門下生でもある。
 目玉はフランク永井と松尾和子のデュエット映像で、これはビクター側がみずから「魅惑のゴールデンデュエット」として映像付きのカラオケを発売した時に、わざわざ撮影したものである。DVD等リリース時は当然だが、映像に公式な音声を重ねたものだ。これらはCD-BOX「フランク永井歌声よ永遠に」(2009)で再版された。
 魅惑のゴールデンデュエットの頂点ともいうべき「東京ナイト・クラブ」がフルサイズで放映された。同曲は、ゲストの橋幸夫と古都清乃によっても歌われた。
 また、松尾和子の残した歌で、本人がどう思っていたかは別にして、誰もが最高の傑作だと今では評価が定着している「再会」も、当時の珍しいプロモーション映像が流された。ゲスト古都清乃がカバーした。
 さらに八田(やつだ)プロデュサーが登場して、松尾和子のビクターからのデビューに当たっての当時の採用事情などが語られたことも貴重なことであった。吉田正がフランク永井を見出して育てたことと大きな関連を持つ。目を見張るような高度経済成長が展開される中で、いまだに米国の占領が続くように洋楽が大きな存在を示していた。特に大人のナイトクラブはもちろん、居酒屋、喫茶店、繁華街で流れる音楽を自然に日本のものが流れるようにしたい。
 ここの需要に合致するものをという望みであった。それが「低音」「雰囲気にとけこむ」「押し付けない」、自然なBGMのようなもの、それにぴったりだったのが松尾(当然フランク永井も)だったというのだ。これは筆者もまさにそのように感じている。
 その場にいるとBGMのように気にしないで聴ける。しかし、ちゃんと聴いてみようとして気にして聴くと、とてもしっかり歌っている。集中して聴くとその歌唱が他の人にはまねのできないすごい歌手であることを実感する、そのような構造をさりげなく実現している。
 ジャズで鍛え上げられた松尾の声はそうした要望にそう。番組で橋も話していたが、歌唱が完全であるだけでなく、雰囲気を自在にコントロールするセンスが持ち合わせていないと、せっかくの歌も場から受け入れられないのだ。吐息のような、ため息のような、松尾和子ならではの表現は妖艶すぎるということから、一時自主規制にあってしまったことある。
 松尾が赤坂の力道山が経営するクラブで見出したフランク永井は、恩師を連れていって推薦して実現した。
 フランク永井は当時すでにスターだった。そのフランク永井とのカップリングで「グッド・ナイト」(和田弘とマヒナスターズとの共演)でデビューした。「東京ナイト・クラブ」はその裏面だ。この華麗なデビューは期待に応えて大ヒットをする。「東京ナイト・クラブ」については、番組で作曲家の吉田自身の口から「当初はソロの予定だった」と秘話を話しているが、これはその後大人のデュエットの端緒を切り開いた(「銀座の恋の物語」などが続く)ように、画期的なものだった。松尾和子とのデュエットの売り「魅惑のゴールデン・デュエット」が実現し、その後この二人で30曲ほど歌っている。LPも2枚だされた。
 ゲストの内田は松尾から「男には気を付けろよなどと言われたが、お姉さん(松尾)自身がね…」と言っていたように、松尾はスターになっても決してその後の活動がハッピーであったわけではない。恋(相手からの恋慕も)、息子、宗教、借金といろいろあった。盟友であったフランク永井の不幸も精神的には大きく影響したともいわれている。
 だが、彼女が残した歌は時代に大きく影響を与え、強烈な印象を残した。現在は、その残された歌を中心に彼女の業績を評価することだが、フランク永井とともに今後も語り継ぐべき財産であると思う。
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