1月29日の午前3時の時間帯。この日のラジオ深夜便の「にっぽんの歌こころの歌」コーナーで、テーマは「郷愁の歌:サトウハチロー(作詞) 作品集(Part.2)」。
戦後日本の荒廃からの復興への立ち上がりを象徴するとして、何かあれば取り上げられる並木路子の歌った「リンゴの唄」(映画「そよかぜ」の挿入歌)。この歌の作詞をしたのがサトーハチローだ。「七つの顔と…の名を使い分ける」どころか、十いくつもの名を使って多くの作品を書き倒した。
このサトーハチローが書いた「ネムチェンコじいさん」(作曲湯山昭)は当時子どもをターゲットにして書かれたユニークな詩だ。ネムは眠たいを連想させる。チェンコは何となく当時まだソ連=ロシアの影響力が話題になっている時代でロジア人の…チェンコという人名のニュアンスが連想させる。しかし、妙な語呂合わせというか、言葉遊びが、子どもたちの日常にぴったりとくる。このあたりに視点をもっていくところが、サトーハチローの感覚と言えるかもしれない。
この歌は子ども向けの歌い手が何人も歌っていて、代表的なのが友竹正則。サトーハチローの関係でこの歌を歌っているのは友竹、のような感じがある。これはフランク永井が1963年9月にBS-152でシングル盤を発売している。フランク永井がオリジナルとして真っ先に歌ったのかはわからない。たが、この時期はフランク永井が子供向けに多くの歌をだしていることから、競作のように出したということも考えられる。
この年の初めに「月火水木金土日の歌」(BS-128:作詞谷川俊太郎、作曲服部公一)は日本レコード大賞の作詞賞を得ている。この勢いで子ども向けの歌を多く出してこの分野に切り込むが、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」にはさすがに及ばない。この後この分野から引くが、フランク永井のやさしい語りかけるような歌い方は、子ども向けにはピッタリであっただけにやや残念でもあるが、本道のムード歌謡との成り立ちはしょせん無理があった。
依頼、子ども分野へビクターも力を入れることはなかったのだが、その分野からのニーズに合わせて作成されるCDには「月火水木金土日の歌」はときどき紹介されているに留まる。子ども向けのレコードが自ずと視界からなくなり、積極的な販促が消えたと思える。ゆえに、この「ネムチェンコじいさん」などはフランク永井の作品として、現在当時のレコードをみることはほとんどできないほどだ。
著者がフランク永井の記録を整理する過程で、現認にもっとも困難だった盤の類であり、現時点でも手にしていない。
ただ、宮城県松山町のフランク永井展示室がオープンするときに原本が所蔵されているのを知り、著者が編纂中で逢ったデータブックのジャケット写真に協力していただいた。曲については昨年にビクターから発売された「懐かしのフランク永井〜シングル全集」でデジタル復刻された。
調査の過程で、友竹正則と池田直樹歌唱の「ネムチェンコじいさん」も聴いていた。いずれも正当な歌唱の達人である。聴きごたえのある歌い方をしている。それに比べて、フランク永井の歌唱は、なんともおだやかで、やさしく、ほんわりしていてあたたかい。眠くなりそう…
そこで、ラジオ深夜便だが、サトーハチローを取り上げるなかで、フランク永井の歌唱を取り上げたことに驚いた。いかなる経緯で友竹ではなくフランク永井の「ネムチェンコじいさん」を取り上げたのか。
3人の「ネムチェンコじいさん」を聴き比べてみるのも楽しい。
この日の深夜便での紹介曲は「二人は若い」「麗人の歌」「エノケンのダイナ」「浅草の唄」「ホームラン・ギブ」「胸の振子」「めんこい仔馬」「ジロリンタンのうた」「秋の子」「ネムチェンコじいさん」「裏山小山」。いずれもその時代に世で歌われた名曲だ。
フランク永井の「ネムチェンコじいさん」復刻盤を収録している「懐かしのフランク永井」はばら売りもされていて、Disc6は1963〜1964年ごろのA面22曲が収録されている。「逢いたくて」「夏の終りに」「大阪ぐらし」など若いフランク永井ののびのびした歌を楽しめる。
情報提供でご協力をいただきましたIさんに感謝いたします。
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