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2016年10月30日12:37

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「オランダ宿の娘」 葉室麟(ハヤカワ文庫)

母の見舞いで帰省の折に読んだ。
葉室麟氏は直木賞受賞以降、精力的に作品を発表し、こちらもそのたびにいろいろ読んでいたが、最近はもう追いつけないくらいの多作ぶり。
これは時代小説なのに、「ハヤカワ文庫」からの発行というのがちょっと珍しいかな? と手に取っていたものだ。

江戸・文政年間。
るんと美鶴の美しい姉妹は「長崎屋」の娘。
ここは江戸に参府するオランダ商館長一行の定宿として代々、営まれてきた。
かつて江戸の大火で焼け落ちた際、オランダのカピタン(商館長)の援助で再建した経緯があった。

「カピタンさんのご恩を忘れちゃいけないよ」。
そういい聞かされて育ったふたりは、異国人に対する先入観や偏見もなく、長崎屋は日本とオランダの橋渡しの大事な仕事をしているのだ、という矜持と使命を持っていた。

成長したふたりの前に現れた、オランダ語通詞の駒次郎と、日蘭混血の丈吉。
丈吉は恩人のカピタンの息子だった。
姉妹はふたりと心を通わせるが、丈吉は、長崎で不可解な死を遂げてしまう。
丈吉の事件には、清国人の密輸組織の影がうごめいていた。

長崎に医師・シーボルトがやってくる。
西洋の最先端の知識を吸収せんと、全国から塾生が集うが、シーボルトは来日時、船が暴風雨に遭い、からくも助かるという経験をしていた。だがその船に密輸組織の人間も乗船していたことから、シーボルトものちに命を狙われることに。
一方、オランダ語が堪能な駒次郎は、間宮林蔵の著書の蘭語訳にたずさわっていた。
これをシーボルトに送ったことが、あとあと災いになってしまう。
るん、美鶴の姉妹は、幸せな日々から、いやおうなく、歴史の激動の中に巻き込まれていく。


時代小説、というと戦国時代や幕末が多いと思うが、これは文政年間に材を採った作品。
わたしにはそれがかえって新鮮だった。
時代小説の場合、史実とフィクションの兼ね合いがむずかしいと思うのだが、「オランダ宿の娘」は、シーボルト事件、間宮林蔵のエトロフ島探索などの史実を下敷きに、きっちりと背景を描写しつつ、そこから実在の人物を縦横無尽に動かすことで、19世紀前半の日本を実に魅力的に活写している。
るん、美鶴の姉妹ももちろん、この時代から派生した、駒次郎や丈吉など、わき役たちのキャラクターも魅力的で、密輸や殺人事件の黒幕は誰なのか、サスペンス要素を織り交ぜ、開国へと向かう幕府のきしみや、当時のオランダとイギリス、フランスのせめぎあいが、日本にも影響を及ぼした国際関係など、幾重にもよみごたえがある。

物語の冒頭は、江戸の大火のエピソードで始まる。
大火が若い娘の悲嘆と怪しさを呼び覚ます、という前ふりが、のちに、美鶴の恋心と重ね合わされ、「激動の時代」の物語と並行して、いつの時代も変わらぬ、切ない恋情も語られ、3冊分の時代小説を読んだような、おトク感もある小説です。
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