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2016年09月06日13:27

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最近の読書から

「罪の声」 塩田武士(講談社)

わたしが「どうしても真犯人を知りたい迷宮事件」のひとつが「グリコ・森永事件」である。
あれだけ遺留品があり、不敵な挑戦状をマスコミに出し続けたにもかかわらず、ついに犯人は挙がらなかったが、動機については、脅迫による株価操作が、犯人グループの一番の目的だったのでは? という憶測が当時からあった。

本書はその「グリモリ」をモデルにした、戦後最大の未解決事件を追う物語。

テーラーを営む曽根は、父の遺品から、幼いころの自分の声が録音されたカセットテープを発見。
それは、あの食品会社脅迫事件で報道された、現金受け渡し交渉に使われた音声と同じもの。
衝撃を受けた曽根は、父と事件とのかかわりを調べ始める。
同じころ、新聞記者の阿久津は、30年前の未解決事件特集取材のため、当時の関係者を追ううち、犯人グループのひとりがイギリスで生存しているのではないかと、その足跡をたどりだす。

グリモリ事件をモデルにしたフィクションは、高村薫の「レディ・ジョーカー」や桐野夏生の「植林」などがあるが、「罪の声」は、よりあの事件にフォーカスして(本書の中では社名は変えているが)、ひとつひとつの脅迫事案をたんねんに再現し、むしろノンフィクションを読んでいるような緊迫感がある。
筆者の塩田氏は元新聞記者。その分身のような阿久津記者は、当時の事件現場を歩き、子細に犯人グループをあぶりだす。
株価操作がひとつの目的、というところは同様だが、子どもを巻き込んだ犯人たちへの怒りが、この物語に通底しているのが特徴だろうか。
本書で描かれる犯人像は、けっこう当たっているかもしれない。


「受難」 帚木蓬性(角川書店)

韓国の珍島沖で大型旅客フェリーが沈没。修学旅行の高校生たちを含む多数の犠牲者が出た。
海運会社のずさんな管理体制や利益優先の積載違反が明るみになったものの、オーナーは逃亡。

日系ブラジル人の医師・津村は、博多と韓国・麗水(ヨス)に最先端の細胞工学治療院を経営していた。
そこへ滝つぼに落ちて溺死した女子高生が運ばれてくる。冷凍保存されたその少女を蘇生させてほしいという依頼を受け、津村たちのチームはiPS細胞と最先端の3Dプリンターを使い、ついに彼女の体の複製をつくることに成功。
遺体の脳を移植された少女・春花は、祖父だという富豪の男と暮らしながらだんだんと記憶を取り戻すのだが、インターネットで旅客船の沈没事故を知る。なぜかその事故が気になって仕方がない春香は、生存者の女子高生とメールで連絡を取り始めた。

実際の2014年の「セウォル号沈没事件」をモデルに、SFチックな再生医療をからめたミステリー。
さすがに、現時点では完全に一人の人間の体のレプリカを作るのは不可能であるが・・
「セウォル号事件」については、先般、ドキュメンタリー映画「ダイビング・ベル」を見ただけに、利益や体裁のために多くの命が犠牲になった韓国社会の問題が、つぶさに実感できる。
そして、春花は何者だったのか、再生された彼女の体はどうなるのか? というサスペンスも読みどころ。


「コンビニ人間」 村田紗耶香(文藝春秋9月号)

今季の芥川賞受賞作品。
コンビニで働く36歳独身女性が主人公。
コンビニエンスストアというと、マニュアル通りの業務、ルーティンワークというイメージがわくだけに、そういった「人間疎外」がテーマなのかと思えば逆で、そのきっちりしたマニュアルやルーティンに身を浸すこと、それを淡々とこなすことに生き生きできる主人公が描かれている。
むしろ非正規労働、低賃金、独身、ということで家族や友人から冷たい目で見られてしまうことへの「人間疎外」のほうが主テーマかもしれない。
わたしもよくコンビニを利用するけれど、店員さんの業務ってレジ対応以外にも多岐にわたる。
品出し、商品陳列の入れ替え、宅配便の受付、チケット対応など、わたしがバイトしてもこれだけこなせるだろうか? と思ってしまう。
マニュアル通り、と言いながらもその労働の中身はやっぱり奥深い。
村田氏も実際にコンビニで働きながら執筆活動をしているそうだ。その分コンビニに寄せる愛にあふれた小説だ。


「猿の見る夢」 桐野夏生(講談社)

薄井は59歳、女性衣料大手チェーンの取締役。大手銀行から取引先の会社に出向してきた。
当初はエリートコースをはずれたかと失望したものの、出向先の会長の元でうまく立ち回り、このままひょっとして社長にも? と夢想。
妻とは冷え切った仲だが、かつての銀行の部下・美優樹を十年来の愛人にしていた。
ある日会長から、現社長・福原のセクハラ問題を相談される。
ここでどう対応するかが出世の分かれ目。
だが、セクハラをネットに書き込んだというパートの女性の話を聞くと、そこには、薄井が前から気になっていた、会長秘書の美女・朝川がかかわっていた。
一方、妻は謎の占い師・長峰を自宅に住まわせる。
追い出そうとする薄井に、長峰は意味深な「ご託宣」を告げるのだった。

いわゆるサラリーマン小説のカテゴリーなんでしょうが、池井戸潤や江上剛と違って、カッコイイ男は全然出てきません(笑)。カタルシスもありません(爆)。
もう、この主人公・薄井の情けないこと。
保身ばかり気にして、女にだらしなくて、わがままな愛人と別れようとするものの腐れ縁でもうグダグダ。
老母が亡くなると遺産相続で、妹一家と大モメ。
会社では会長の顔色を窺うばかりの言動。
そう、いわゆる「ちっちぇオトコ」なんですよ。
こんなとんでもないヤツ、ヤダよ! と思いながらついつい読みふけってしまうところが、桐野氏の作家としての力量のなせるわざか。
そういえば以前東京で、彼女のトークショーを聞いたとき、
「ワタシ、セコい男が好きなんですよ」と不敵に笑っていたっけ。
こういうとても小説の主人公にならないようなしょうもない男を主人公に、その卑小さをこれでもか、と見せつけるところなど、サラリーマン諸氏も読みながら苦笑しつつ共感するところがあるのかも。
鴨居玲の表紙がなかなかイイです。


「それでも日本人は『戦争』を選んだ」 加藤陽子(新潮文庫)

日清日露戦争から1945年の敗戦まで、日本近現代史の講義録。
東大文学部教授・加藤陽子氏が、「歴史研究会」の中高生に5日にわたって講義した内容がキーポイントの言葉とともにまとめられている。

日ごろ「歴史学徒」などと自称しつつ、年号と事柄の名称しかアタマに入っていなかったんだな、と自分の浅学菲才をまたまた反省。

加藤氏は、当事者の手紙・証言・記録などの多くの史料を示しつつ、なぜこういう行動を起こしたか? この事件はどういう影響を及ぼしたのか? を生徒たちに問いかけ、じっくり考えさせる。
どうしても「歴史は暗記するだけで面白みがない」と考えられがちだが、こんな授業なら受けてみたい、そして歴史から何を学ぶのか、また歴史の中にこそ真実が埋まっているということも実感させられる。

とはいえ、内容はとても中高生向きとは言えないような(^^;
まあ、栄光学園という、高偏差値進学校の秀才相手だからこんな講義も可能なんでしょうが・・・

日本近代史は東アジア、そして「欧米列強」の力関係も大きくかかわってくるだけに、「日本史」をやるんならやはり「世界史」も中学・高校で必修にすべきだな、と痛感。
「戦争というのは相手国の主権にかかわるような大きな問題、あるいは相手国の社会を成り立たせている基本原理に対して、挑戦や攻撃がなされたときにおこるもの」という指摘に、目からうろこが落ちた、という読者は多いだろう。
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