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2016年06月24日04:23

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相異変のLocusta 2

 都市部のショッカー支部は、爆破テロや、未成年略取といった過激なニュースを量産し、日々新聞の紙面を賑やかしている。が、私の所属するD県の支部は、平穏そのもの、時に自分の所属している組織が悪の組織であるという実感さえ、消え失せてしまいそうになる。
 何しろ私の日々の主な仕事といえば、支部周辺の草刈りと、施設の警備(といっても辺鄙な山奥の為、人影を見かけることはまずない。猪はしょっちゅう見かけるが……)、後はせいぜい、来るべき戦闘に備えて、肉体の鍛錬、戦闘術の訓練、など。これではちょっとハードな社会人サークルに属しているのと、なんら変わらない。エネルギーを持て余した若い戦闘員たちは、そんな現状に不満を漏らす者も少なくない。しかし、私にはこの田舎支部の業務がとてもありがたかった。筋トレと草むしりで月五十万も貰えるのだ。娘の治療費の為にも、いつまでもこの仕事を続けていたいと、強く願っていた。しかし、そんな虫のいい話 は、ない。
 甲種戦闘員は、月一回、雇用継続の可否を判別するための、能力査定を受けなければならない。もし査定で" 不可"と判断されれば、即日解雇されてしまう。ちなみに今日がその査定の日。
 
 私はその男を見上げていた。体格のいい男だ。日本人では無いのかもしれない。コンクリで囲まれた部屋、上方のガラス張りの向こうには、いわゆるお偉方のシルエットが5、6人分ちらついている。大方、右手にはボールペン、左手には査定表を持って、談笑でもしているのだろう。「さて、今回の査定で何人残るか、ひとつ賭けませんか?」などと。
 私は、勝たなければならない。負ければ即解雇、明日から我が家の収入は途絶える。娘は……医療費が払えなければ……綾香は…………

「では査定を始めます。どうぞ」
 事務的なアナウンス。男が近づいてくる 、巨大な黒タイツ男が、指をポッキポッキと鳴らして近づいてくる。瞬間、腕を振り上げ、打ち下ろしてきた。上体をひねる。切り裂かれた空気が、耳元でざんっと鳴る。拳圧でよろめく。男、容赦なく腕伸ばし、胸ぐらを掴みにくる。私は言語野以外の脳で、考えた。
「長引けば不利なのは明白」
「決めるなら今しかない」
「あの技に、賭ける」
 私はよろめいた勢いを利用して、男から逃げる。全力で逃げる。振り返ることなく、全力でだ。男が追ってきている気配、距離を感じ取る。心眼で感じる。壁が迫ってきた。
 冷たいコンクリの壁、綾香の生きる明日を拒絶する壁、私は壁に飛びかかる。そして次の瞬間--
 男は、私の足下に倒れていた。

 **************

 「もう一度再生しま す」
 査定会議の席上、今行われた戦闘の様子がビデオ判定されていた。No.245が逃げている。追うは、もとアメフト全日本代表、兵藤和樹(32)こと、No.006。フットボール選手らしい力強い走り、追いつき、襟首掴み、引き倒して、馬乗り、滅多打ち、ガーベラのように放射線描いて、飛び散る鼻血、誰もがその映像を想像していた。
 No.006の腕が、間近に迫った、 No.245の眼前には壁。
「ここだ。スローにしろ」
 スロー映像--No.245が、壁に飛びかかる。右足で壁を蹴る。空中に投げ出された両腕を軸に、全身の向きを180°変える。壁を蹴った足は、勢いを加速させ、No.006の側頭部に叩き込まれた。ゆっくりと白眼剥き倒れる。No.006が、兵藤和樹32歳無職、に戻る瞬間の映像。

「三角蹴り……か」
「いえ違います。体を内側でなく外側に捻って蹴っています。壁跳び後ろ蹴りですね」
「違うな」
 最奥に座る人影が言った。
「ただの空手の技ではない。擂拿(らいだ)流の秘技、“窮蝗"という技だ」
「きゅうこう……ですか?聞いたことありませんな。そもそも擂拿流という流派自体初耳です」
「だろうな。D県、尾分沢にだけ伝わる特殊な武術だからな」
 一同、耳を疑う。
「どうして、総帥はご存知何ですか?そんなマイナーな武術を」
「ふっ、マイナーか」
 男がテーブルをトンと叩いた。すると、ピシリと小さな音が鳴り、末席のテーブルに亀裂が走った。
「マイナーかもしれんが威力はこの通りだ」
 
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