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2016年06月19日21:32

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相異変のLocusta 1

「結局、悪事は金になるってこと、そうでしょ?高田さん」
 全身頭まで黒タイツ、目出し帽のように目だけは露見しているものの、一見誰だか分からない。甲高い声で辛うじて関口君だとわかった。場所はロッカールーム。
「ここ給料いいもんなぁ、じゃなきゃとっくに辞めてるよ。悪の手先なんて」
「悪の手先……」
 ロッカーからワイシャツを引きずり出す。
「高田さんは、どうしてお金が要るんだっけ?」
「娘が、います」
「うん?」
「産後の肥立ちが悪く、妻は娘を産んで10日も経たないうちに……」
「ああ、ゴメン、聞いちゃいけないやつだったね。マジのやつだ」
「関口君は?」
「オレ?借金、500万くらい。裏カジノのスロットで負けが込んじゃって」
「そうですか……大変ですね」
「ちょっと高田さん。いい加減敬語やめてくれよ。調子狂っちゃうよ。俺のがだいぶ年下なんだからさぁ」
「いえ、でも先輩ですから」
「ったく、相変わらず真面目だねぇ、さすが元教師」
「それは言わないでください」

 私の名は高田伸郎42歳、三年前からショッカーで戦闘員をやっている。ショッカー、言わずとしれた悪の組織、主な仕事は、子供の誘拐や、公共施設の爆破。
 きっかけは新聞の折り込み広告。
「世界を変える仕事です」

 一見何の募集か分からなかった。とばそうとしたが、数字の羅列に目が止まり、思わず読み上げる。
「月給500000……」
 紙面に向き直し、細かい字まで精読した。
「交通費……1日2000円まで支給……」
「社会保険完備」
「年二回賞与あり」
「特に資格は必要ありません……か」

「パパー」
 背中越しに幼い声がした。
「綾香、起きてたのか?」
 さり気なく広告を裏に返しながら声を掛ける。
「今日は、どうだ?体調は?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、幼稚園、行くか?」
「うん」
 見た目はなんともない普通の子。しかし娘は、綾香は、難病を抱えている。基本的に根治はしない。一生つき合わなければならない病、生きながらえるためには、最低週三回、一回につき4時間の人工透析が必要だ。さらに悪いことに、綾香の病は未だ厚生省に認可されていない新病、保険が適用されない。透析以外にも薬や治療を受けなければならず、そのための費用は、膨大すぎて、一介の教師の給料では、賄いきれない。本気で転職を考えていた。
 娘を幼稚園に送り届け、車の中、内ポケットから四つ折りにしたチラシを出し、広げる。

「『世界を変える仕事』……か」
 何度も厚生省に掛け合った。が、娘の病は万人に一人どころか、それこそこの国の人口一億二千万に一人のレアケース。対応できる仕組みが、現状の制度にはないとのこと。結局お役所は、大勢の味方であって、個々人の味方ではないのだ。実費で医療費を払う日々、洗濯、食事の準備、期末試験の採点……私はボロボロだった。このままでは、綾香の医療費が払えなくなってしまう。
 ルームミラーに映る、日々募る焦燥感に、頬の肉を殆ど削ぎ落とされてしまった男の顔、視線を逸らす。サイドミラー、張り付いた小さな蜘蛛の巣、干からびた名も知らぬ虫の死骸、朝日に照らされている。
「変えるべきだ。娘のような子を、守れる世界に」
 この世界はどこか間違っている。

「(株)仕世丘商事……シヨオカと読むのか?番号、○ ○番のヨナオシヨイシゴト……か」
 私は、チラシの電話番号にダイヤルした。

 数日後、受けた面接は普通だった。変わっていたのは体力テストと血液検査、体力テストは悠々クリアした。学生時代空手でインターハイまで行った経験値が活きた。
 こうして私は、正規甲種戦闘員、No.245号となった。
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