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2015年09月26日01:53

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絶望と猫 2

 回想しよう。猫との出会い……ーいや、銃との出会いを――それは三ヶ月前のこと。

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 猫はもう死んでいた。高速のインター近くのハンバーガーショップ、バイトの僕がゴミを捨てようと店裏のゴミ箱を開けたらそこに、猫の死体が入っていた。あまりといえばあまりの残酷絵に、驚きの声すら上げること無く立ち竦んでいた僕、猫の死体、灰色、死んで変色してそうなったのか?と疑いたくなるほどの灰色。灰の色、灰色の灰――何の灰かと問われれば、きっと誰かがこう応える。「死体を焼いた灰だろう」って。

 店長に報告をした。返ってきた言葉、「そりゃ不味いなぁ」とどこか他人事、「どうします?」と聞いてみたが、マジマジと僕を見て「……君、何とかしてくれないかなぁ?」僕は「はぁ……」心中は――おいおい、丸投げかよ?それはちょっと無責任過ぎやしまいか? と、軽ギレだが、口をついて出た言葉は裏腹「じゃあ、なんとかします」重い足取りで、猫の死体の元に戻る。
 ゴミ箱から、遺体の猫を出してやろう、と、生々しい生ゴミん奥に腕を深々差し込んでいると、噂を聞きつけたのだろう。先輩の片桐が、「うわぁ、お前よくそんなん素手で触れるな」と半ば揶揄するような口調で背後に立つ。ウザいので無視する。
 それよりも今は猫だ。猫、ゆっくりと引き上げる。下半身が、無い。いや、あることはあるのだが、原型が無い。灰色猫の下半身、くちゃくちゃに潰れていた。大方、車に轢かれたのだろう。この辺りではよくあることだ。しかし許せないのは――猫の死体をこのゴミ箱に遺棄したヤツ、だ。僕は背中越しに問う。
 「まさか片桐さんじゃないですよね?これ棄てたの」「ば……バカ言ってんじゃねぇよ。なんで俺が」と、否定してきたが、動揺している?聞いてもないのに「第一俺、お前と違ってそんなグロいもん素手で触れねぇし」などと、無用な弁明。
 僕、猫の死体を引き摺り上げる。と、裏返しの白いビニール袋、血と肉片と一緒に、ゴミ箱に剥がれ落ちる。振り向いて片桐を見る。「な……言っとくが、ビニール越しでも俺ぁそんなもん触らんぞ」「……そうですか。それならいいです」
 正直犯人探しなんてクソ面倒なことをする気はさらさらなかった。が、そんな僕の気も知らず、片桐ウザ男、執拗に弁明してくる。「その猫を轢いたバイクが、俺の乗ってるバイクだっていう証拠もないだろうが?」僕は肩竦め「……バイクに轢かれたとは限らないと思いますが、どうしてそう思ったんです?」「な?……なにぃ!?」死体の猫に僕は問う。小声で「お前を轢いたのは、アイツか?」、当然答えは、無い。ただ見開かれた眼球が蒼濁り水晶のよう、とても悲しげだ。「おい!」片桐、僕の肩を掴み「変な噂立てるなよ」ぐいと押しやり、店内に帰っていく、消え際に「特に新見には言うな」と、吐き捨てて行った。僕は――なんて、分かりやすいヤツなんだ。と呆れを通り越し、感心すらした。

 「飼い主の元に届けたい」、猫、赤い首輪をしている。首輪をしているからにはきっと誰かに飼われていた。しかし飼い主を知る、手掛かりが無い。バイトに戻る訳にもいかず、新聞紙の上に展開した猫の死体に、覆いかぶさり、思考停止していた。すると、
 「……ねぇ?その子って……ひょっとして…………死んでるの?」出勤してきた新見さんが肩越しに話し掛けてきた。家を出る前にシャワーを浴びてきたのだろう。湿気を帯びた甘い香りが長い黒髪から漂ってくる。
 「『ひょっとして』じゃなく、『確実に』死んでるよ。残念ながらね」「……そう……車に轢かれたのねきっと、可哀想に」「飼い主のもとに、届けたいと思っているんだ。そうすることが親切なのかどうかは、僕には分からないけど」僕は思う――
 
  死体となった飼猫と再会することと、帰ってこない猫をいつまでも待ち続けること――どちらが飼い主にとって、幸せなのだろう?

 新見さんは言う「親切かどうかなんて分からないけれど。きっと、『その子は、そんなふうになってもきっと、飼い主さんのところに帰りたがっている』よ」
 「……そうかな?」「きっとそうよ」「どうしてそう思う?」新見さんは逆に、不思議そうに僕を見つめ返し「どうしてって……どうして君はそう思わないの?」

 しばらく二人、見つめ合っていた。お互いがお互い、相手の思考回路が理解できずに困っていた。だから見つめる合うことしか出来ない。なんだかまるで「泣いたら負け」というルールで、にらめっこをしているようでもあった。
 僕は、あらゆる意味で、新見さんが苦手だ。彼女はなんというか、人よりも「心の量が多すぎる」、僕みたいに「心が少ない人間」にとってはある種、天敵のような存在。とにかく――苦手だ。
 「あっ!ちょっと」――新見さんが猫の首輪に触れようと手を伸ばす。僕の左肩に、彼女が彼女の肩がぶつかる。が、彼女は頓着しない。シャンプーの匂いが洪水のように押し寄せてくる。僕は顔を顰め――ヤメロよ。ほんの少ししか無い心がびっくりしちまうだろ。
 「見て!ホラ」彼女の指が、猫の首輪を裏返す、と、そこに迷子札のプレートが挟まっていた。彼女の指が複雑に動いてプレートを外す。「春雨町4−2……近い。歩いていける距離ね」「……そうだね」「……」「……」しばしの沈黙。似つかわしくないシリアス顔して彼女「今から一緒に、行こうよ」と言った。「いや、でもバイトは?新見さん今から出勤でしょ?」「そうだ。新見、遅刻だぞ!」裏口のドアに、件の片桐が寄りかかってこちらを睥睨している。
 「片桐先輩!……すいません。でもこの猫死んじゃってるです」僕は思った――「猫が死んじゃってる」は、遅刻の言い訳にはなり得ないよ。
 「いいから早く入って着替えろ……覗いてやるからよ」「な……止めてください。そういうセクハラ」「へっ、セクハラね。どうでもいいけど早くタイムカード押さないとマジ遅刻だぞ」「海布山(めやま)君……」新見さん縋るように僕を見る。だが僕はきっぱりと「僕が一人で行く。君まで抜けたら、シフトが回らないよ」
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