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2015年09月25日23:48

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絶望と猫 1

 透明な銃を握りしめ僕は雨の中、人混みに紛れて機会を伺っていた。猫が言う。「あの男だ」僕は黙って頷く。「分かっていると思うが――」猫が氷の温度で宣告をする「お前が生き延びるには、あの男を殺すしかない」「ああ……分かっているよ。そういう、契約だものな……」「……契約?」猫に聞き返され僕、自虐的に笑い、「いや、『呪い』といったほいがいいかもな」言い直す。「ふふ、なんとでも言え」猫、灰色の猫、不敵に笑った。

 ポツポツという傘上の雨音、ドッドッという激しい音色に変調した。
 「……で、あるからして、市民の皆様のために私、長田源一郎は全身全霊をかけて…………しだいで、あります。これだけはお約束します……が当選した暁には、無駄な公共事業などは、今後一切……」
 駅前の雑踏、10人にも満たない人混みを前に、自己陶酔気味に演説をぶっている男、市長に立候補した現役の市議、長田源一郎(58)、ずぶ濡れたバーコードは、確実に読み取り不可。僕は今から、この男を殺さなければならない。そうしなければ、僕が死ぬことに、なる。そういう――呪いなのだ。僕がこの銃――透明な銃を所有してしまったための――呪い。いや、「報い」と言ったほうがいいかもしれない。
 長田源一郎に対して僕は、なんの悪意も持っていない。当然面識もない。だが殺さなければならない。何故か?猫がそう、僕に命じるから。猫が指定するターゲット、そいつを僕はもう既に……3人も殺している。

 「ところで……」僕はお決まりの質問をする。「どうしてあの男なんだ?あの男は何か悪いことをしたのか?」灰色猫は、呆れ顔「お前、よく毎回飽きもせず同じ質問を繰り返せるな」「当然だろ……いくら自分が助かるためとはいえ、殺人を犯すんだ……理由が欲しい」猫の答えは決まっている「お前が欲しいのは理由じゃない。言い訳だろ?」「僕は、引き金の温度を指の腹で弄りながら「……かもな」透明な銃口をターゲットに向ける。

 「皆様の清き清き清き……きよーき一票を、ぜひとも私、長田、長田、長田長田、長田源一郎にください。どうか、この長田を、男にしてやってください……う……ううううぅぅ」

 ドサリ

 背中越しに、倒れる音が聞こえた。そして三秒後、駅前は悲鳴と怒号に包まれる。僕は傘の中に顔をしっかり突っ込んで、ゆっくり退散する。これで、生き延びることが出来た。今日は。
 留めてあった自転車にまたがり、いつもの河原に向かう。

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 雨、止んだ。空はもうだいぶ暗い。自転車のスタンドを立て、河原に降りていく、そうしてしばらく、川面を見つめていた――川面に映った空は、一体どこに行くのだろうか?流れに道連れられて、どこに行く?本物の空から引き剥がされ――星や雲に、別れを告げる間もないままに――

 「何を黄昏れている?」「……うるさい」恒例の行事、僕はポケットから透明な銃を取り出す。薄暗いので更に見えにくい。しかしよく目を凝らせば、そのシルエットが分かる。透明な銃、僕以外にはまったく見えないらしい。左手に持ち替え、右手で銃身を握る。猫が忠告する。「無駄だぞ」――分かっている。それでも僕は、この銃を投げ捨てずにはいられない。ポチャリ。暗黒に近くなった川面に、やはり暗黒の波紋、幾重?確認するすべはない。そのうち同じくして、「一体何人殺した?」と自問するようになるのだろう。答えも分からないまま、そう遠くない未来に。




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